熱に浮かされる話
 額にトンと乗った三つの点が、こめかみに向かって滑るように伸びていく。簾のように目元を覆っていた前髪が取り払われて、ヒトハはうっすらと目を開けた。
 ――冷たい。
 外気の冷たさが眼球の膜を伝って体に入り込んでくる。皮膚の浅いところを逆撫でするような、ゾワゾワとした感覚に肌が粟立つ。寒い。いや、体が熱いのだ。
 ヒトハは突っ伏していた魔法薬学室の机から起き上がろうとして、押し戻された。犯人はヒトハの肩を優しく抑えながらも、頑なに起き上がらせようとはしない。

「顔が真っ赤だ」

 彼は笑った。

「大人しくしていろ」

 ヒトハはそれに、まるで強盗のような台詞ですねと言い返した。

「それだけ元気なら、すぐに良くなるだろうな」

 くるりと丸め込んだヒトハの背を、柔らかい毛皮が包み込む。体温で香り立つシダーウッドが、魔法薬学室の生臭い土の匂いを掻き消していく。
 視界がぼんやりとしているのは、自分から湯気が上がっているからだろうか。目の奥が熱い。脳が茹で上がってしまったのか、頭がぼうっとする。体は油の足りていない機械のように動けば節々が軋んだ。
 彼はいつの間にか、どこかへ行ってしまった。時計の針がチクタクと変わり映えのしない音を奏でるのを聴いていると、もうずっとこのままかもしれないと在りもしない不安が湧いてくる。怖い。寒い。熱い。

「先生、あつい……」

 机の上に刻まれた薄い傷痕に向かって吐き出す。するとそこに紫色の液体がなみなみ注がれた瓶が置かれ、赤い革手袋が脱ぎ捨てられた。
 額にトンと乗った三つの点が、こめかみに向かって滑るように伸びていく。ひんやりとした手が熱を奪いながら耳輪をなぞり、顎に滑り落ちる。
 蒸れた革の匂いを吸い込んで、ヒトハは深く息を吐いた。身体の中にある悪いものを、ぜんぶぜんぶ入れ替えてしまいたかった。

「先生、つめたい」
「お前が熱いんだ」

 彼は笑いながら隣の席に腰を下ろすと、もう一度ヒトハの顔を撫でた。
 胸の奥がきゅっと切なくなる。きっと、身体の調子が悪いせいだ。そうに違いない。

「すぐに良くなりますから」

 頬を包む硬い手のひらに擦り寄って、ヒトハは毛皮を胸に搔き抱いた。顔が熱い。

「……もう少し、このままでいいですか」

 もごもごと言うと、彼はやっぱり笑ったのだった。
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