Day before
その日、よく喋る顔馴染みの清掃員が「先生、ナイトレイブンカレッジ出身って本当ですか?」と言い出し、クルーウェルは突然のことに目を瞬いた。「どこでそれを?」
「愛すべき仔犬どもが教えてくれましたよ。ってことは、卒業した後に戻って来たんですね。いいなぁ、ナイトレイブンカレッジ卒!」
「お前は女だろうが」
「それはまぁ、そうですけど」
清掃員ことヒトハ・ナガツキは両手で空の瓶を弄りながら羨ましそうに言った。
彼女の持つ瓶に先ほどまで入っていたのは最近新しく調合を始めた魔法薬だ。曰く、前より飲みやすい。それもそのはずで、匂いや舌触りは前よりずっと気を遣っているからなのだが、当の本人はそれを分かっているのかいないのか、呑気なものである。
上機嫌に机の下で足をぶらぶらと揺らしながらいつもの雑談を始めるのを、クルーウェルはジトリとした目で見た。
「余計なことは聞いていないだろうな」
「余計なこと? 何も聞いていませんが。あ、時々トレイン先生の手を煩わせていたらしいとは聞きましたよ」
でも、そんなもんですよね学生時代って。とヒトハは知ったような口で言いながら、したり顔である。
「忘れろ。そしてもう二度と詮索するな」
「はいはい」
ヒトハは笑いながらクルーウェルをあしらうと、立ち上がって部屋の奥へと向かった。生徒たちよりも随分と軽い靴音が離れていく。
「先生、コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」
しばらくして奥から飛んできた言葉に、クルーウェルはいつも通り「紅茶だな」と返した。
こうして魔法薬学室に集まりひそやかに雑談をするとき、ヒトハは決まってこう尋ねる。魔法薬学室のどこかに私物を隠し、勝手に飲み物を用意するのだ。
今日も二客のティーカップを持って戻り、ヒトハはそのうちの一客をクルーウェルの前にそっと置いた。
「最近紅茶ばかりですね」
「前よりましになったからな」
「酷い……。ま、良いですけどね。私も最近好きなので」
ヒトハは少し離れた生徒用の机の前に座り直し、カップにそっと口を付け、そして離した。熱かったのか、しかめ面でカップを睨む。それでもすぐに何事もなかったかのような顔をして「そう、それで思ったんです」と誤魔化すように言った。
極東の女性らしい、わずかに幼さの残る瞳がクルーウェルに向けられる。
「もしもですよ。もし、私が――」
そのとき、クルーウェルは何気なくその話に耳を傾けた。彼女の話は七割無駄話で、自分にとって必要な話は三割程度のものである。このあり得ない“もしも”も七割のうちの一つに違いないのに、どうしてか意識が向いたのだ。
それは彼女の突拍子のない空想よりも、それを語る姿に強く興味を引かれたからに違いなかった。