無題

――山奥に聳え立つ、お金持ちが通う同性愛が蔓延った全寮制男子校。美形の人達には“親衛隊”が作られ、崇拝対象に少しでも接触すれば“制裁”を下す。それが俺の通う学校の特色だった。
が、それが嫌だとは思わない。
俺はそう、先程説明した親衛隊に所属している腐男子だ。だからといって俺自身は男に興味はない。付き合うなら女性が好き。ノーマルだ。
それに加えて、腐男子受け小説の主人公と違って俺のその趣向はオリジナル含む二次元に限る。否定はしないけど。本人達が満足しているなら勝手にすればいいさ。
なので同級生とかこの学校の生徒達を見てても萌えない。これを置き換えたら……ってのはよくやるけどね。やっぱ顔が良くても何か違うってなるんだわ。
で、何でそんな俺が親衛隊に入ってるのか。それは所属する隊の崇拝対象――会長関係だ。
当時ハマっていた商業BL漫画があった。その漫画がドラマCD化された。
もうお分かりだろう。会長は、そのドラマCDで攻め役を担当なされた声優さんの声とそっくりだったのだ。俺はリアルルイだ!と内心で大はしゃぎし、そのままのテンションで親衛隊に入った。
届け出を出して寮の自室へ戻ってから、テンションが落ち着いた俺は凄まじく後悔した。
リアルのは興味ないのに意味ないねぇじゃん、と。
因みに俺の学校は所謂王道学園というモノなので生徒会も王道だ。会長は俺様。漫画のルイは俺様じゃない。性格は全く違う。完全に声だけだ。それほどその声優さんがルイにぴったりだったので、性格が違っても気にはならなかったのだ。……今は若干後悔しているけど。
嘆いても仕方ない。頑張ってルイに置き換えて妄想しよう、と俺は意気込んだ。他の隊員と違って俺は完全に声だけで入ったから、定期的な隊内の交流とかくっそどうでも良くて行く気なかったけど、当時同じクラスで同じ親衛隊に入った奴に連れてかれたからサボれなかった。そんなん行く暇あるならサイト巡りとか買った漫画を読みたい。
……とまぁここまでなら。ここまでならまだ良かったんだ。
現実は、そう甘くなかった。
俺は気がつけば隊長になっていた。
せめて、いや、本当は嫌だけど、まだ副隊長の方が良かった。まだ隊長より自由だし。因みに副隊長は長身のイケメンである。爆ぜろ。
隊長なら会長と付き合っても許せますとか言われたけど、断る。それに俺様は嫌いだ。二次元でも。リアルよりはましだけど。あれだあれ。ツンデレ。ツンデレキャラ好きだけど、リアルだと関わりたくないよねー的な。それと同じ。
兎に角――そんな隊長になってしまったため、俺は絶賛猫被り中である。そっちの方が色々お得だし、普段の会長なんて興味ねーよな態度を出したら他の隊員に八つ裂きにされそうだからな。……というのは半分冗談で半分本気。本当の理由は俺の顔とギャップがあり過ぎるせいだ。
不本意だが、俺は可愛い。ナルシストって訳じゃない、事実だ。俺自身は自分の顔好きじゃないけど。美形、美人、平凡、可愛い。この四つに分けるなら俺は間違いなく可愛いの分類に入る。大変不本意だが。やっぱり男としては美形に生まれたかった。
まぁ俺は女子の平均身長より低い155pしかないから美形でも意味ない気がするけど。この低身長のおかげで余計に可愛さが磨きかかってる気はする。因みに副隊長は175p以上ある。その身長分けろ。
とまぁ、こんな理由で猫をかぶっているのだ。今更引き下がれなくなったともいう。主に隊長になったせいで。
そんなこんなで適度に副隊長に投げつつも、隊を纏めてそれなりの学園生活を送っていた。が、遂に台風の目が来てしまったのだ。
そう――王道主人公だ。
だだの王道主人公ならいい。困ったことに、やって来たのはアンチ王道の方の主人公だった。
俺は頭を抱えた。これは間違いなく荒れる。小説内でしかあり得ないと思っていた事が実際に存在したんだ。ならアンチ王道通りの事が起こるに違いない。
一先ず制裁は禁止と言ったが、俺の隊が禁止をしても他の役員の隊が禁止していないから無駄な気がする。俺が美形だったら主人公に手を出すなって言っても良かったんだけど、生憎俺はイケメンじゃない。双子会計以外の親衛隊隊長は皆可愛い系なのだ。つまり同族嫌悪を受けている。ので、聞いちゃくれないのだ。
だからどう足掻こうが無駄だと知っている俺は――投げ出した。
俺は制裁禁止とだけは言った。その後は知らん。仕事も放棄し始めたらそん時はリコールすればいい。……風紀委員は正常だった時のみ有効だが。



それから1ヶ月――予想通りの展開になった。
生徒会は全員王道主人公……マリモに惚れた。幸い、まだ仕事放棄はしていないが時間の問題な気がする。親衛隊は俺と、会計以外が大荒れ中だ。まぁ俺の隊でも思うとこはあるらしいが、副隊長が怖いのか大人しいから無害。会計の所は何故かは解らない。
つまりは。学園は荒れてる。くそが。
癒しが欲しい、と俺は授業中以外でヘッドフォンをするようになった。
勿論、他の人にどうしたのか云われた。が、俺が考えてた言い訳云う前に勝手に納得された。曰く、ああやって周りの雑音を消しているんだと。……俺ってどう思われてんの?
云うまでもないが、俺が聞いてるのは音楽じゃない。万が一の為ダミーに入れてはあるけど。言わずもがな、BLCDを聴いている。
マリモが来て学園が荒れると知った俺は、今まで購入を保留にしていたBLCDを大人買いした。そしてそれを授業以外の時間に聴き始めたんだ。
所謂現実逃避。現実はクソだ。特に今。聴かなければやっていけない。
今日も今日とて俺はBLCDを流しつつ食堂へやって来た。ここの方式は席にあるタッチパネルで注文すれば運んできてくれるタイプなのでウェイターと会話をする必要がないから、一時停止をしなくてもいいので助かる。
俺は何かついて来たヒラ隊員2名と適当に空いた座席に座り注文する。
「あの如月様……」
「しっ!如月様の邪魔をしちゃ駄目。忘れたの?あの転入生が来て、会長様は変わってしまったんだから……さぞかしお辛いでしょう。ああやって気分を落ち着かせてるのだから」
……いや、あの、全然違うんで何か御免なさい。
そもそもなんも辛くねーよ、好きじゃないし。マリモとの恋愛とか仕事放棄しなきゃ好きにしろっていうんだ。俺がヘッドフォンし始めたのはこのクソな現実から逃げるためだよ!
と、いけないいけない。こっちに集中しなければ。そろそろ原作漫画の感動のシーン場面だ。今まで押せ押せだった攻めに引き気味だった受けが、攻めへの気持ちに気づくシーン。引っ越すことになったからと最後のお別れをしに攻めが来る場面。今まで御免、と今までとは一変、それでも本当に好きだったと涙をこらえて受けに云うんだ。そのシーンがとても綺麗で印象に残ってる。
それで、寂しい、行かないでと思った受けは初めてそこで自覚するんだ。攻めが好きだったんだと。自覚した受けは慌てて攻めを追いかけて、告白する。こうして遠距離恋愛ではあるが、めでたく交際を始め物語は終わる。このシーンはお気に入りであるため音声でどうなるか楽しみ半分不安半分なのだ。
さぁ、いざ。そう思った時だった。
「――あー、腹減った!」
食堂内に大声が響き渡る。そう、奴がやって来たのだ。
俺は顔を顰めた。その様子に気づいたのか、ヒラ隊員がああっ!とか声を上げてる。いやそんな事はどうでもいい。問題はマリモの声だ。ヘッドフォン付けててもマリモの声の方が大きい。余り音量を上げてはいないが、それにしてもだ。
然し、マリモがいるということは。俺は顔を上げてぐるりと周囲を見回した。……あぁ、やっぱり。
入口付近にマリモとマリモの背後にきらびやかな人物達がいた。言わずもがな、生徒会の奴らだ。
くそ最悪だ。これじゃマリモの大声に加えて親衛隊とか諸々の声が五月蠅くて集中できねぇじゃないか。
ヘッドフォンを付け始めてから連中と遭遇しなかったから油断していた。俺が奴らへ怒りを募らせる中、音声は進んでいく。あぁ、ちくしょう。
「あ、俊介!どこ行くんだ!?こっちだぞ!」
「え、いや、僕は……」
会話から、俊介と呼ばれた人物は巻き込まれ平凡であろう。御愁傷様だ。
それにしても罵詈雑言が酷いな。マリモ程大きくはないが、若干聞こえ辛い。音量を上げればいいと思うだろうが、そうすると音声の方が大きくなってしまう。一々上げ下げがめんどうなのと、何であいつらの為にこっちが気を使わないといけないんだという理由で却下だ。
無視だ無視。そういい聞かせて音声に集中する。遂に攻めがお別れをしに来るシーンに入る。今のところいい感じだった。俺は再び漫画の世界観に浸る。

「皆、仲良くしなきゃ駄目だぞ!!」

――が。それはあっけなく破られた。然も、受けが想いを自覚して攻めへ告白する大事なシーンでだ。か細い声で攻めへ想いを伝える大事な場面を!
「――るせぇんだよクソマリモッ!」
「っ!?誰だよお前!!」
俺はテーブルを叩きつけ、吠えた。限界だった。何であの野郎共の声を聞かないために始めたことなのに邪魔をするのか。相席していたヒラ隊員達が如月様!?と声を上げるのが解る。ヘッドフォンを外し、立ち上がると俺は向かってくるマリモの股間を容赦なく蹴った。蹲るマリモの腹を右足で踏み付ける。
「!テメェ、よくもッ」
「黙れ粗チン!今このクソマリモに用があるんだよ」
いち早く我に返った会長サマがこっちにやって来たが、俺の放った言葉に動きが止まった。他の連中も次々と我に返った様でこっちへ集まってくる。
「おいクソマリモ。お前の逆ハーには微塵も興味はない。興味はないが俺の邪魔すんな。お前の所為で大事なシーンが聞けなかっただろうが!巻き戻しすればいいだろうけどさ、それ以前の問題んだっての。お前とそこのクソ生徒会の声を聞かねぇ為にヘッドフォンして態々スマホで聞いてんのにテメェのそのクソ声でなんも聞こえねぇわ。ふざけんな。俺の癒し返せよ。ああ!?」
あぁ、腹が立つ。俺はマリモの腹の上の足に更に力を入れた。マリモが呻くけど、俺そんなに力強くねーし平気平気。後、何となくで云ったけど会長が本当に粗チンなのかは知らん。ああ云われれば誰だって傷つくでしょ。
「あ、貴方会長の所の親衛隊隊長じゃないですか……!なんてことを……!今すぐ退きなさい!」
副会長の親衛隊、という発言にマリモが反応した。何か言いたげにこっちを見上げてくるんで、俺は右足をぐりぐりと動かしてやった。
「だーかーらー、うっせーんだよ脳内花畑野郎共。今さ、このクソマリモと話してるって言ってんだろテメェら纏めてもぐぞ。ンでクソマリモ。郷に入れば郷に従えって言葉知ってるか?あ、知らんか。だって莫迦だもんな。いいか、周りにぎゃあぎゃあ言われたくなかったらその鬘外せ。人を外見で判断するな?お前だってしてるだろ。見事にイケメンだけ侍らしてさ」
まぁ双子は違うけど。あれらは可愛い系だ。
俺は右足を退けてやると、そのまま鬘と瓶底メガネを剥ぎ取った。その下から現れるのは美少年。はい、王道王道。
周りが驚く中、俺は奪い取った鬘と眼鏡を叩きつけた。こんなもん何時までも触りたくねぇわ。
よし、すっきりした。俺は小さく息を吐いて――我に返った。
とんでもないことをしてしまった。マリモへの暴言暴力は生徒会全員から、生徒会への口の利き方は親衛隊の怒りを買ってしまった。……終わった。
「…………って、副隊長が云ってたんだ」
語尾に星が付きそうな感じで俺はバレバレの発言をし、そのままくるりと背を向けて食堂から逃げ出した。
ちくしょうちくしょう。どうしてこうなった。いや完全に自業自得だけど!仕方ないだろ、お気に入りのシーンだったんだ!
一目散に自室へ向かいロックを掛けた。そのままずるずると扉に背中を預けへたり込む。
外に出たら、殺される。
くそ、こうなったら卒業するまで引きこもってやる。