吸血鬼を見分ける方法の一つとして広げた手の平から小指だけを曲げることが出来たらソイツが吸血鬼だ
午前深夜の短編集ねくすと!





妖怪、化け物、怪異、モンスター、変態、悪魔…

そんなこの世ならざる存在を総称して繭根(まゆね)と呼ぶ。
闇より根を伸ばし現世(うつしよ)に繭をこしらえ、此岸と彼岸の境界を溶かすモノ。
此の世ならざるモノ。誰そ彼に潜むモノ。

俺、結崎ナオが狩らなくてはならぬモノ。

なによりも、ヤツを狩らねばならぬと誓った!



『ナオナオ様。報告したい案件が御存在します』

ピピピと腕に巻いた腕時計型情報端末(スクリーンウォッチ)から女性の合成音声が流れる。

繭根対策課が誇る人工知能「NSC(ネスク)」だ。

NSCは超高度な演算機構とあらゆる電子情報の閲覧介入操作が可能な、なんかスゲーコンピュータである。
まだ試作段階というのもあって言語能力に少々難がある事を除けば、どんな優秀な人間より頼りになる相棒だ。

「どうしたNSC?緊急の要件か」

『ハゲ。しかしながらナオナオ様にとっては重要な案件とNSCは御決断します』


おそらく贅沢な悩みだろうが、肯定を校長、否定をハゲと言い換える変な癖だけでも直って欲しいなぁ。


『…30時間前より街中の監視カメラをハック、佐々木ヤイコを監視した御結果、彼女が吸血鬼である可能性は92%です』


「なんだって…!?」


俺は全力で自転車のペダルを踏み込み学校へと向かう。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!あの佐々木先輩が吸血鬼だなんて…!
絶対にそんな筈は無いんだ!!






「どうしたの結崎君?こんな所に呼び出して。
授業始まっちゃうよ」

高校の屋上で、俺はコアラのマーチをパクつく佐々木先輩と向き合う。

佐々木ヤイコ先輩。
明るくて、思慮深くて、俺の命の恩人で、三年前に吸血鬼にローファーをペロペロされた被害者で、そんな先輩が…

「先輩が吸血鬼だなんて、絶対にあり得ねぇんだ!!」


思わず口から飛び出したその言葉は、悲鳴と言い換えても正しいほどだった。

「結崎…君…?」

『ハゲ。ナオナオ様の御意見には論理的なアレが欠如しております。NSCの計算であるからして…』

「お前は黙ってろォォ!!」


『………校長』


「す、すごいね結崎君。その腕時計しゃべってるみたい」


「そんなことはどうでもいい。ねえ佐々木先輩。手を…こっちに向けて見せてくれませんか?」


「ええ。…こうかしら?」

佐々木先輩の手の平、柔らかそうで、俺みたいに血で汚れた復讐の手とは違う。平和の象徴のように柔らかで、温かみがあろう手の平。

だから、信じたくなかった。


「先輩……。小指だけ、曲げてくれますか?」


「いいわよ」


スッ。と、佐々木先輩の小指が曲がった。小指だけが、人差し指や薬指が釣られることなく、小指だけが曲がった。
曲がってしまった……!


「なんでだよ……。なんで、信じてたのに。ずっと…俺を騙してたのかよ?
騙して、そんで陰で笑ってたのか?なあ先輩?」


「ちょ、ちょっと結崎君。貴方が何を言っているのか分からないわ!?」


「吸血鬼を見破る方法ってのは幾つかあってな。
ニンニクや十字架が苦手、流れる川を渡れない。きのこたけのこよりコアラのマーチが好き、招かれた家しか入れない、小指だけ曲げられる。そして…」


俺は腕を下に伸ばす。ズルっと袖に仕込んでいた棒が出て来て掴み、構える!


「そして……吸血鬼はヌンチャクに弱い!!
ホォワチャァアアアーッッ!!!」

ブォン!

「チィぃッ!」

並の人間なら反応すらできない必殺の速度で放たれたヌンチャクを、先輩は跳んで避けた!
人ではありえない高さを跳んで…いいや、この場合は飛んで、だ。

バサぁと彼女の背から、蝙蝠の羽が生え浮いていた。
そして、口からは不自然に伸びた八重歯が。


「……残念だわ結崎君。まさか貴方が繭根狩の一員だったなんて」


「俺だって、先輩が吸血鬼なんて泣きたいくらいです」


「私ね。今までずっと血を吸わずに生きて来たの。でも、こうなっては仕方ないわ。
初めてが結崎君なら、きっとこれも運命なのね」


「だったら!そんな運命ヌンチャクで叩き潰すまでだ…!」


「やってごらんなさい」


佐々木先輩の眼が紅く光る。臨戦状態になったな。

「NSC!先輩の攻撃パターンと回避法の予測を頼む!」


『……ハゲ。NSCはクソナオ様の黙れという命令を御実行中でありますから、その指示には従えませんファッキンボーイ』


「こんな時に不貞腐れんなや!?」


『御新規の命令を入力したければ、NSCではなく、ナスクたんと御んお呼び奉り下さいチェリーボーイ』


「ああもう!お願いしますナスクたんっ!」


『校長!ピロリロきーん!ナスクたんの好感度が20御上昇しました!
やりますねプレイボーイ』


「小ネタはいいから!これ以上ふざけてっと本部にあるテメーのメインコンピュータに微糖コーヒーぶっかけるぞオラ!」


『それは困ります。よりにもよって微糖コーヒーときましたか甘くて苦いママレードボーイ。
…演算終了。御エネミーはヌンチャクの攻撃範囲外である上空からコアラのマーチを投げつける可能性96%』


「やはり吸血鬼の基本戦術で来るか。NSC、対処法は?」

『…………呼び方』


ピシシシシシィ!!

佐々木先輩から放たれたコアラのマーチが足元の屋上を穿つ!


「うぉっ!?ぁあああもぉぉーお願いしますナスクたん!!」


『校長!してナオナオ様。コアラのマーチと言えど所詮は御お菓子です。貴方のそのヌンチャクは飾りでしょうか?つまり…』


NSCの回答。なるほど、その手があったか!

このヌンチャクは、対吸血鬼用の特注品だ。
ヌンチャクを繋ぎ合わせ、一本の棒にする!

「……一か八かにゃ変わりはねぇけどな。なあナスクたん、この作戦の成功率は高いのか?」


『ハゲ。いつだってNSCはヒリつくようなギャンブルが御好きなのです。
成功率は口にするだけナオナオ様の心を折りかねますので差し控えますが、この方法以外でウィンするのは不可能かと』


「上等だ。やってやろうじゃないか」


「…腕時計とのお話は終わったかしら?
なんだか除け者にされたようで寂しいわ」


「だったらコッチ降りてきてくれませんかね先輩?」


「やぁね。そんなギラついた目でレディを誘うものじゃないわよ結崎君。
ごめんね。せめて苦しまないように一撃で、次は当てるわよ………オン コアラ マアチィ ソワカ、オン コアラ マアチィ ソワカ!」


ズズズ…と佐々木先輩の手の平のコアラのマーチが集まり、拳大のビッグサイズマーチへと成り至り…放たれた!!


『ナオナオ様。あの弾体が生身に直撃したら御命はナッシングです。ですが、対象の巨大化に伴い弾道予測信頼値は99.9%』

「つまり?」

『漢気、魅せて下さい』

「応ッ!!」


ズボッン!!
ビッグサイズマーチがヌンチャク先端に潜り込むように着弾する!
「うおおおおおッッッ!!!」
そのままヌンチャクを力任せに180°反転!
ビッグサイズマーチに押され飛び出したヌンチャクの中心が、ミサイルの如く佐々木先輩に向かって…


「あ…ああ…っ!まさか!?そのヌンチャクの正体はァァアー!!?」

ドゴォォォオオオオーッン!!!!


直撃。


「流石トッポだ。中までチョコがぎっしり」

対吸血鬼用菓子兵器メガトッポ。その本領が発揮された瞬間である。




「………私の負けね。さあ、早くとどめを刺して立ち去りなさい。できるだけ遠く」


「どういう意味だ先輩?」

佐々木先輩はトッポの直撃を受けて肋骨が折れているのだろう。
それでも気丈に話が出来るのは、吸血鬼としての頑丈さか彼女の意思力かだ。

「私は、ただの時間稼ぎの駒に過ぎない。この街に潜む君みたいな繭根狩を閉じ込めるための…ね…」


「ちょっと待ってくれ!わけがわからない!それじゃまるで…」


まるで、俺は黒幕に踊らされてたみたいだ?


ゾッ…ゾゾゾゾォ…ゾン…!

その時、空が白く覆われた。
現実からかけ離れた光景に、足元の校舎から嫌でも悲鳴が聞こえてくる。

「チッ、予定よりも早いじゃない…」

忌々しそうに佐々木先輩が呟くと同時にスクリーンウォッチから警告音が鳴り響く!

『緊急!校舎を中心に御半径400mに巨大な【繭】が形成されています!
状況、脱出不可、完全に閉じ込められました!』

「クソ!見りゃ分かるっての!!」

繭は形成しきると境界を溶かし彼岸へ繋げる。外からの攻撃には弱いが内側は繭主の体内も同じ、敵のテリトリーの中だ。一筋縄ではいかない。


「そうね。結崎君が狩人と知っていればあの繭根の命令なんて…いえ、どのみちよね」


「繭主は誰だ?今ならまだ間に合う!繭が完全成型される前に繭主を討てば…!」


「ごめんね。言えないの」


「なん…!?」

『失礼。言いたくない、ではなく言えない。つまり、御佐々木は別繭根体より呪いを受けている…という事で了承ですか?』


「流石…ね。だからこれ以上は言えないの。そして繭を通じて私の呪いは……貴方たちにも伝染している。
だから…これ以上の繭主の詮索は命を落とすかもしれないわよ」


『ほう…。成る程なるほど。貴重な御ん御意見感謝します。これは大層な掘り出し物になりました』


「おい、いい加減俺にも説明してくれよ!」


『なんと、これで悟れないようではナオナオ様は悟り世代の恥さらしでしょう。
彼女は充分に御我々にヒントを与えてくれました。
ヒント1、繭主はミス佐々木に呪いを施している。
ヒント2、呪いとは繭主の正体を口にしたら命に関わる。それは既に我々も含まれている。
ヒント3、上位種である吸血鬼に呪いをかけられるのは、更なる上位の繭根しかありえない。
ヒント4、佐々木たんが吸血鬼にローファーを舐められた事件。本当は吸血鬼ではなく、その時に上位種から呪いを受けたのだとしたら?』


まさか………。


『そうです。憶えがあるでしょう?
吸血鬼より上位種で、脚フェチで、呪いを得意とする繭根の存在を』


河童か……!!!


しかも、ただの河童じゃない。脚フェチの河童ときたら。

「間違いない…ヤツだ!」

俺の復讐の標的…!

いるんだ。この繭の中にヤツが!
自分の口が歓喜に歪むのが分かる。笑いさえ抑えられない。はは…あはははははは!!!


「さあて、呪いがあると分かれば逆探知すればいいだけだ。
でも先輩。逆探知は呪いを掛けられた素体の妖力を食い尽くし命にも関わる」


「覚悟は…しているわ」


「でもなぁ、素体だけじゃなくて逆探知する側もあれ結構疲れるんだよなぁ。
それに吸血鬼だろうが先輩やっぱりいい人だもん。そんなこと出来ねえよ」


「悠長に言ってる場合ですか!?だったらどうやって繭主を見つけるつもり!?
繭根対策課のマニュアル通り、目に付く生物を片っ端から潰すつもりですか!?許しませんよ!!」


「いやいやいや、どうせもう検討は付いてるだろ?ナスクたん」


『当然です』


「だ、そうです。ですから後は安心してください先輩。繭を解除したらすぐ救急車呼びますんで。あ、その時は羽と牙は引っ込めといて下さいね。僕は先輩が吸血鬼だなんてちっとも知らないんだから」


「凄いのね貴方たち。ふふ。骨折程度なら20分も寝てれば治るから、そうね。全部終わったら乙女の柔肌を傷付けた罰として……デートしてもらおっかな」


「それは楽しみだ」

『警告。ミス佐々木のような美人がナオナオ様程度のクズをからかっては品位が御低下する可能性が高いです』

おいこら。

「あら、私は本気よ?」

マジか!?


『しゃしゃってんじゃねぇゾ泥棒猫が。と御申し上げます』


「なんでお前は話を引っ掻き回す!?」


『NSCは寂しいとデッドります』


「もちろんデートは君たち三人とで、ね」


『それなら喜んで御合意しましょう』

え、やだこのクソ腕時計叩き割りたい。






先輩を置いて屋上の階段を下る。
パニックの喧騒はどんどん大きくなっているようだ。

「本当にこの騒ぎの中探し出せるのか?」

『ええ。恐らくは極めて分かりやすいエリアに居ることでしょう。
これほど巨大な繭。あらかじめ校舎の様々な御場所に長期間にわたって芽を仕込んでいた考慮しかありません。
違和感なく校舎に芽を設置できる人物。そして、繭根が人に化けていた場合、どうしても元の御特徴は残ってしまうものです』


「時間がない。勿体ぶるな」

直接言ったら呪いの被害を被ると配慮してくれたのだろうが、それでももっと簡潔な答えを要求してみた。


『 《肯定》 《否定》 』



なるほど、わかりやすい。


さあてクソ河童め。

あの日、楽しみにしていた俺のプリンを食ったこと、死ぬほど後悔させてやるぜ!!











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