To 1990:06/25ディアー.へ
私はディアー.
しとしと雨が降りアジサイが葉を揺らしている
音のない部屋で
眼鏡越しに笑みを浮かべながら
キミはゆっくり私を彩っている
今日の私は少しレトロ
今は珍しい濃緑色のモッズコート
時期外れ? ううん そんなことないよ
私の服に時期なんて関係ないんだもの
キミが選んでくれた服は
いつもステキで優しいカタチ
キミの彩りはとてもシンプルで
キミの言葉はとても古めかしい
でも「言葉」は とても優しくて
一つ一つに時間と想いが積み重ねられている
傘をさし 杖をつき キミは曲がった腰を反らす
早く届けたいと願うキミ 歳をとっても心は高まるね
シワシワの手のひらから 私は滑り落ちる
ジメジメに湿った箱から運ばれ
ガタゴト道を私は進む
すきま風が当たってもお構いなし
今日は暖かいから 気にならないよ
着いた着いた 瓦屋根のおうち
何度もキミが想いを届けた 瓦屋根のおうち
こんにちは
・・・あれ? 今日はいないのかな
旦那さんが玄関でお出迎え
私は奥の部屋へと案内されていく
やあ こんにちは
そうか キミも年だからね
いつもこの服を楽しみにしていたけど
もう立ち上がって見に来れなかったんだね
上着を脱いで モッズを広げる
キミは座っていていいよ
旦那さんが「言葉」を伝えてくれるから
しゃがれた低い声が「言葉」を語る
優しく丁寧にキミに話しかける
キミは布団から持ち上げた体を揺らして
一つ一つの想いを噛み締めるように頷いている
細まった視線の先には
いつもと変わらない濃緑色のモッズコート
特別な「言葉」でも何でもない 友達の言葉
ご機嫌いかが 私は元気だよ
温度変化に体調崩さないようにね
たったそれだけの「言葉」
でもキミにとっては特別な言葉
伝える人の想いが キミに優しく語りかけるような
そんな言葉を キミは受け止めているんだね
キミは震える声で旦那さんへ声をかける
そうだね いつかキミから「言葉」が届けられるといいね
少しシワの入ったモッズ
無造作に棚の中へ押し込まれる
私はディアー.
私に権利なんかないから
その後の行方は知らなくていい
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