お部屋訪問1あとがき
自由とはこんなに素晴らしいものなのか。テトラトリィは久しぶりの休暇に感極まっていた。
長かった書類整理がようやく幕を閉じたのだ。毎日のように酷使し続けた指には立派なペンダコが出来ている。もう触れても痛くもなくただカチコチなだけの勲章となっていた。
とにかくこれで自由の身だ。しばらくは毎日のログを記録していくだけでいいだろう。唯一僕が得意だと言える仕事である。万年下っ端だったけど。たびたびカーヴィン様に睨まれていたけど。
「せっかくだしみんなの様子でも、見てみるかな」
今思えばみんなとは夕食時に会話する以外あまり関わっていなかった。時折窓の外から聞こえる声を探したり、みんなから聞いた話をログに纏めていただけだ。……あれ、これってもしかして僕はぼっちという奴なのだろうか?おかしいな、目頭の辺りが熱くなってきた気がする。
「……今日からもっと積極的になろう」
カーヴィン様には悪いけど彼のように一人黙々と仕事をするようにはなりたくない。
「で、そこの不審者は何をしてるのかな?」
「どぅえ!?な、なんやテトかびっくしさせんといてや」
驚いた拍子に彼女の赤い髪が一瞬逆立った。全くこの人は毎度毎度仕事をサボって何をしているのか。
ツァディーレは誰かの部屋の前に屈み何やら怪しげな作業をしていた。針金と工具のような物を鍵穴に突き刺しカチャカチャと回している。穴が横を向いてカンッと音が鳴ると彼女の顔はすぐに喜びに変わった。
「よっしゃ!開いたで!」
「……いや開いたでじゃない!何でピッキングなんてしてんのさ!」
慌ててツァディーレの元に駆け寄ると彼女は僕の口を指で塞いできた。
「ウチは人間の持つ『心』というものをもっと知りたいねん。だからもっと彼らを知るためにみんなの部屋をこっそりと覗かせてもらおうと思い立っただけや」
彼女は珍しく真面目な顔で僕に説明をした。まあ言いたいことは分かる。彼女はまだ生まれて百年ちょっとの僕と違い数千年、もしくは数万年以上も生きてきた。その永い永い時間を過ごしたせいでだんだんと薄れてきた感情を取り戻そうとしているのだろう。アルク様とカーヴィン様、それにミニエル様がその例だ。
でもこの人こんな顔してるけど絶対良からぬこと考えているんだよなあ。信じたところで梯子を下ろすような人だしなあ。
「……分かったよ。でも僕もツァディが良からぬことをしないか監視させてもらうからね」
「なんやなんや、テトも実は興味あるだけやろ〜?」
うっ、否定はできない。僕もみんながどういう生活をしているのか気になっていたのだった。
「それじゃ、おじゃましまーす」
誰もいないというのに声を低くしこっそりと扉を開けるツァディーレ。こういう潜入調査にはお約束の儀式らしい。
「うーん、特になんもない部屋やな……」
この部屋はフラクタルの部屋だ。まあ目立つものがないのも仕方ない。僕はみんなにここに移住してもらう際に必要なものを聞き出し準備したが、彼だけはツァディーレが連れてきたので何の用意もしてあげられなかったのだ。なので置いてあるのは生活必需品となるものくらい。
「それでツァディは人のベッドで何してるの」
「ベッドにウチの匂いつけたろ思てな」
そんな犬じゃあるまいし。でもベッドもフカフカそうだし寝転がったらさぞ気持ちいいんだろうな。そして床はもちろん窓にも埃一つ見当たらないのは流石というべきか。
「……ところでツァディってやたらフラクタル君推すよね」
「そう?」
「推すというか、他のみんなに比べて積極的に関わろうとしているというか」
やけに馴れ馴れしいというか。とにかくツァディーレを彼を特別視していることは近くで見るとよく分かる。いつもは何考えているかよく分からない彼女だが彼を前にすると明らかにブラコンなお姉さんに変わっている。
「ああそのことか。フラ君は将来大物になりそうだとウチの右目がそう告げてたんや」
「右目が?」
いつも眼帯に隠されている彼女の右目。てっきり事故か何かで見えなくなってしまったのかと思い触れないでいたが、どうやらそうではなかったみたいだ。
「見たいかウチの右目?見たら死ぬほど後悔するかもしれんがそれでも見たいんか?」
「いや、いいよ」
常に眼帯をしているということはきっと本人にとって見られたくないものなのだろう。この人の場合我が右目の封印が解かれた〜などとふざける可能性もあるが。
「ほら次行くよ」
名残惜しそうにベッドを見つめる彼女を引きずりながら隣の部屋の扉を開ける。この部屋はウルルの部屋だ。
「なんやマスターキーまで取り出してからに、やっぱテトもノリノリやないか。しかもここ女の子の部屋やでぇ?」
「……僕はツァディみたいに異性のベッドで突然発情したりしないから大丈夫だよ」
「発情、発情なんやろかあの気持ちは」
腕を組んだツァディーレは考え込むように動かなくなった。つい口から出てしまったが僕自身もさっきの彼女の行動が何を意味しているのか分からない。お互い、まだまだ感情については勉強不足だ。
しっかしこの部屋もめぼしいものはそんなに見当たらないな。魔法使いだから魔導書の一つや二つあっても良いものだけど。一度でいいから高度な魔術を使ってみたいものだ。
「まあ使えたらログなんてやってないわな」
「うう……」
ログはいわゆる人材の墓場だ。神々の中でも特にこれといった能力を持たず、世界に影響を与えられない者が従事している。それゆえに転職先などそうそう見つからないのでこういった仕事に就けた僕はかなり運が良い方なのだ。
……という扱いを受けていたのは少し前まで。アルケビュース様が行なった改革でこんな僕たちでも仕事の選択がある程度自由になった。しっかり仕事をこなせばその分評価され、階級も上がっていく。そのおかげで仕事効率はグンと上がったそうだ。
まあ、実はアルケビュース様の下で働く方が地獄だったという事実からほとんど転職しなかったんだけどね。むしろ向こうからこっちに転職してくる者までいるくらいだし。あっちの下級神とか動かなくなるまで稼働され続ける歯車のような存在だしね……。
「おっ、なんかみっけたで!」
ベッド付近でツァディが歓喜の声を上げる。またそんな場所漁っていたのか。もはや勉強しに来たんじゃなく泥棒しに来たんじゃないだろうかこれ。
「……ハンカチ?」
ツァディが払いのけた枕の下には小さなパックに密封されたハンカチだった。何度も潰されたのだろう、シワがよく目立っているがそれ以外は何の変哲も無いただの布に見える。
僕はパックを開けようとするツァディーレを引き止め次の部屋に向かった。あのハンカチの意図は僕には分からないが、それが彼女にとってとても大切なものだということだけは分かる。むやみに弄らない方がいいだろう。
「次はシオンだね」
実は一番気になっていた少女。年齢を教えてもくれなければ、まだ誰も部屋に入れたことが無いとの話もある。踏み入れてはいけない領域の気がしなくもないが僕たちの好奇心は止められなかった。僕は唾を飲み込み、その未知なる扉をゆっくりと開いた。
「……ん、あれ!?」
鍵が反応しない。おかしいな、この寮のすべての鍵穴に対応していたはずなのに。
「テト、ちょっとこれ見てみ」
彼女の部屋の右手には見慣れない装置が取り付けられていた。どうやらパスコードと指紋認証の装置みたいだ。というかいつの間につけたんだこんなハイテクなもの。
「これ押せばええんやろか?」
そんな技術なんて知らないツァディがボタンに触れるとどこからともなくブーという音が聞こえてきた。何でここだけこんなに技術が進歩してるんだ!
「おお!?なんやこれおもろいやん!」
嬉しそうにボタンを連打するツァディ。その度にブーという音がエントランスに鳴り響いた。しかし十回ほど鳴ったのを最後に、ボタンを押してもうんともすんとも言わなくなった。
「なんやもう終わりか、つまらんやつやな」
「あまり連打しない方が……」
「あびゃびゃびゃびゃびゃ!?」
「ツァディ!?」
なおもボタンを叩いていたツァディーレが突如飛び上がり奇声を上げた。彼女が倒れる頃には体をピクピクと痙攣させ、煙を立ちのぼらせていた。
「誰が私の部屋にアクセスしているのかと思えば……管理者殿と副管理者殿ではないか」
振り向くと麦わら帽子とグラサンを着けたシオンが外から帰ってきていた。彼女は溶けて滴るアイスを口に咥えたまま転がるツァディと装置を見比べた。
「うむ……どうやらパスコード認証失敗時の防衛システムが指紋認証失敗時にも作用してしまったようだな。私の凡ミスだ」
「いや指紋認証で作用したからダメなんじゃないからね!?その防衛システムがダメだからね!?」
「むう……そうだな、削除するとしようか。この前もバッシュが私の部屋の前で焦げていたしな」
他にも被害者がいたんかい!聞けば昨日バッシュがパスコードで遊んでいて同じ結果となったらしい。ツァディーレとバッシュのオツムは同じなのか……。
ツァディーレも倒れたし、続きはまた今度かな。
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