羊から裏切られ、ポートマフィアに拾われ首領に忠誠を誓ってから3年が経過した。
入った当初の事を思い出すと、色々と変化した所がある。今の俺は紅葉の姐さんの部下から昇進し、それなりの地位に就く事が出来た。まだ手探りの状態だが、力のある部下をどうやって生かすか、作戦行動はどうするか色々考える事もあるし、書類整理はとても苦手だがそれなりに充実している。羊の頃とは違い、ポートマフィアに就職した形となるのでちゃんとした給料が入り、その金で身嗜みに気を使えるようになり、それだけでなく嗜好品も購えるようになった。ただ、良い事ばかりではない。常に死と隣り合わせなこのポートマフィアでは、先程まで喋っていた部下が消える事もザラだ。
そんな中、1つだけ変わらないものがあった。

マフィアになって少し経った日、姐さんの後ろに着いて歩いていた廊下で、曲がり角からこちらに歩いてきた1人の綺麗な黒髪を持つ女とすれ違った。まだ幼さを残すが射抜くような力強い瞳、それを縁取る長い睫毛、スッと通った鼻筋、桜色の唇。大体同じ年代だろう、幼いながら綺麗な顔をしているそいつに俺の視線は釘付けになった。要は一目惚れだ。
スタスタ歩きすれ違った女の後ろ姿を見つめる俺に、それなりに前に歩いていた紅葉の姐さんが声を掛けてきて初めて俺が立ち止まってる事に気づいた。姐さんの手を煩わせてしまって申し訳無く「すみません」と声を掛けて姐さんの方に走った
それから、俺の恋心に気づいた姐さんの計らいによって女と会話する機会が出来た。名前は名字名前というらしく、年齢は同じ、3ヶ月程前に姐さんに拾われ、俺が加入する少し前まで姐さんの部隊で直々に教えを乞うていたらしい。ざっくり言うなら今の俺の立場だったという事だ。今は別の部隊に居るようで、あまり顔を合わせる事はないらしい。姐さんと会うのも久しぶりだと話す表情は、前に見たキリッとした表情は影を隠し、ふわふわした笑顔で再会を喜んでいた。「わっちの名前が今日も愛いのう」そう言いながら抱きしめワイワイ楽しんでた。少し羨ましかった。
それからたまに廊下ですれ違う時、挨拶をしてくれるようになった。知った顔を見かけない時は常に無表情らしく、それなりに目力が強い。そんなに目つきが悪い訳でも無く、むしろクリッとした目を持った女なのにそんな表情も出来るのかとよく思う。誰かを認識すれば表情は一転、ふにゃりとした笑顔を向けて「中也君!」とこちらに駆け寄ってくる。そんな姿が小動物のようで頭を撫でようと伸ばした手を抑えて「よぉ、」と片手を上げてるように見せるのが一連の流れだ。相手が急いでないようであればたまに雑談をして別れる。その時間が至福のひとときだが、たまに「中也君は今日も小さいねえ」とグサリと来る一言でよく撃沈する。彼女の性格はこんな感じらしく、ポートマフィアに似合わないふわふわした性格にしては結構ズバズバ言う所がある。
そういや、少し前に太宰の野郎が拾ったた芥川と銀に対して「兄妹なの?あんま似てないねぇ」と言っていた。特に眉毛辺りが似てないらしく、あの触れる者全てを切り刻むと言わんばかりの目つきをしてる芥川の眉間をつついていた。なんというか、怖いもの無しだなこいつと思ったのは言うまでもない。

3年温めてるこの感情を外に曝け出す事も無く、ただただ名前に対しての気持ちが積み重なるだけだった。この感情と距離感は変わるは無いまま現状維持だ。それを易々と見逃さないのが人の恋愛事情で楽しんでるであろう紅葉の姐さんと、俺をからかう為に色々けしかける太宰だ。姐さんはまだ進展しないのかと少しワクワクした表情をしながら現状を伝えるとつまらなそうに何処かに生き、太宰は時間さえあれば名前に引っ付き、ニヤニヤした表情でこちらを見ている。当の本人は特に気にしてないのかただただされるがままであり、虫の居所が悪い時などは邪魔だと鬱陶しがって投げ技を決めている程度で、太宰に引っ付かれる事自体を嫌がる素振りというのが無いのが腹立たしい。後あの野郎絶対いつか死なす。
俺だってそろそろ進展したいっつーか、まあそういう気持ちがある訳で?それでも名前の傍に居たら心臓が暴れ狂ってそれ所じゃなくなってしまう。「中也?」
「おわっ!?どどっどうした」
「中也こそどうしたの?なんか元気無い?」
休憩所に置いてあるソファに背もたれに頭を置いて物凄い体制になりながら座って物思いに更けていると、ニュッと名前の顔が視界いっぱいに入った。あまりに驚いて頭を振り、そのままちゃんとソファに座って振り返り彼女を見る。「隣座って良い?」「あ、ああ」どうやら今日は時間があるらしく、真ん中に陣取っている自分の身体を端に寄せスペースを作る。その空けた場所に座った彼女は身体をこちらに向け、眉を八の字にしながらこちらを見つめてきた
「何かあったの?お腹痛いの?」
「何もねぇし腹も痛くねえ」
「ほんと?」
「嗚呼、お前も時間大丈夫か?」
「うん、さっき終わらせて来たっ」
「ふーん」
「中也、元気無い?どしたの?」
「…あー、」
何かしら進展があれば、という期待を込めて彼女の事だという事は伏せ、今現在片思いをしているという事を告げてみた。やはり年頃の彼女も恋愛の話になると楽しいのか、早く話を進めろと言わんばかりにキラキラした目つきでこちらを見つめてくる。そんな表情にまた胸が高鳴り視線を逸らし、彼女の名前を言わないように細心の注意を払いながらぽつぽつ話をし、どうすれば良いか相談をしてみる。
「うんうん、中也が彼女の事をとても好きなのは理解出来たよ」
「お、う。…で、どうすれば良いと思う」
「うーん…当たって砕けろ!」
「え、は、いや無理だろ、」
「中也って行動が基本的に短絡的なのに恋愛には奥手なんだねぇ。聞いてる限りだと中也、その子にアタックしてないでしょ?」
「うっ…」
「そこだよ!相手も気づいてないと思う!」
「だから告れと?」
「そ!それか好意がありますよーってアタックするしか無いよ!」
「…それもそうだな」
「うん、だから中也」
そう言うや否や名前が俺の両手を取ってギュッと握ってきた。じんわりと彼女の熱が俺の指先から熱いほどに感じられ、唐突の触れ合いピシリと固まる。いや待て、こいつ何してんだ?俺の両手を握って、は?
「中也の勇気が出ますように。よしっ」
祈りを込めるように胸元で俺の両手をニギニギ握ってそう呟いた。前にね、アキちゃんにね、こうして貰って元気が出たの。そう呟く彼女の言葉なんて頭に入る事なくポカーンと彼女を見つめていると、壁に掛けられた時計をチラリと見て「あ、そろそろ行くね」とそのままスルリと離れた両手に寂しさを感じながら彼女の背中を見送る。
「宣戦布告か…?良いじゃねぇか…絶対振り向かせてやる…」
頭が沸騰するかのように熱くなりながらも先程アドバイスして貰った言葉を思い出す。そうなれば時間が惜しい、今からでも姐さんにアタックの仕方など教えて貰おう、。姐さんは今何処に居るか全く分からないが適当に歩いていたら出会うだろう。そんなに無い休憩時間に焦りながら早足で休憩所から出た。

案の定、ド天然属性の彼女にアタックしても全く気づかれる事は無く、片思いは続行する事となる。