期末テストと云うものがある。この時の点数が夏休みの命運を左右するもので、赤点があろうものなら夏休みの数日間返上して学校に通い補講を受けなければならない。
この高等学校に通う、丸眼鏡が特徴の1年生・坂口安吾は至って余裕の面構えだ。彼にとって勉強というものは成すべき事であり、苦手な科目など存在しない。元の頭の良さが発揮され、授業内容で自分で理解を深める事が出来るからだ。補足などもほとんど必要としない彼は、以前行われた中間テストでは満点に近い点数を取っていた。
対して、そうでない人間だって居る。教師が伝えようとする意図が読み取れず、分からないまま放置して更に授業についていけない人間も一定数、否大半であろう。そういった人間は後程教師に再度質問したり自宅で学習し理解を深めるのが学生の本分であろうが、そういった真面目な人間などそう居ない。大体の人間がバイトや遊ぶ事が本業であり、勉強なの二の次でテスト間際に焦って頭に詰め込むのだ。故にその後は全く覚えておらず躓いてまた置いてきぼりになるであろうが、正直赤点を取らずその場を凌げればそれで善い。
「さ、坂口君!善ければお勉強教えて下さい!」
そして、今回安吾に声を掛けた女もその内の1人であった。
「構いませんよ」
「ほ、本当!?ありがとう…!」
名字名前は平々凡々とした頭脳の持ち主であった。勉強すれば赤点は免れるが、しなければ恐らく補講。そんな女は自分で考える事を既に諦めており、どうにかしないといけないと頭を回転させて決断したのが彼に教わる事だったのだ。以前に1度だけ席が隣になってそこそこ会話した事はあるが、それ以降は必要最低限といったものであろう。トータルで考えてもお互いあまり関わる事の無かった者であるが、名前は安吾の頭が善いという事を知っていたし、背に腹は変えられぬと勇気を振り絞って声を掛けた。
対して安吾は無表情を浮かべながらも、内心腕を掲げていた。ガッツポーズだ。気を抜けば無表情も崩れ口角は上がり、酷い顔になるに違いない。それは何故か?安吾の中で名前の事が「気になる女の子」という位置にいたからだ。そんな子から声を掛けられたとなれば、返事は一択であろう。真面目を貫く彼でもやはり男は男。好きな異性と少しでも関われる機会は逃したくない。
その日からテスト期間まで、下校時間は勉強に費やす事になった。
「坂口君ごめんね、ここが一寸判らないのだけど…」
「嗚呼、此処は躓きやすい所ですね。先ずーー」
2つの机をくっつけ、向かい合いながら勉強会。安吾は教師から出された宿題を進めていき早い段階で復習に入っているが、勉強する習慣というのが無い名前はノロノロ亀進行で未だに宿題で手間取っている。それぞれが黙々と進めていく中、稀に名前が唸り声を出して安吾に質問する。ただの一般的な勉強会だ、少なくとも名前にとっては。
安吾の心臓は暴れ狂っていた。奥手中の奥手である彼は話しかける事はおろか、今まで遠くで見ているだけであったのだ。今ではこんな至近距離で会話が出来る。まあ、それは勉強の話になるのだが、この際話しかけてくれたという事実や今後少しでも話せる切っ掛けがあれば話題など何でも良かったのだ。
安吾は名前にも分かりやすく言葉を噛み砕き、丁寧に説明する。やがて理解したのか、眉を顰め難しそうな表情であった彼女に、笑顔が綻んだ。
「やっと理解した…!ありがとう!」
「それは善かったです」
「ここずっと躓いてたの!坂口君教えるの上手いね!」
「そうですかね…」
今にも歌い出しそうな勢いで嬉しそうにしており、ニコニコ笑顔でじっと見つめられた安吾はたじたじであった。心臓が高鳴り顔が高揚するのを感じ、安吾は照れ隠しにずれてもいない眼鏡を直し、テキストと向き合った。

そんな甘酸っぱい日はすぐに過ぎ去った。期末テストが終わり、毎時間テストの答案用紙が返却される。
安吾は悩んでいた。彼女に話しかけるか否かだ。折角彼女と少し会話が出来る機会が与えられたのに、このまま終わってしまうのも寂しい。だが、自分のような人間が話しかけて厭がられないだろうか。教師がテストの問題を解説している間にも安吾は丸の多い答案用紙を睨みつけ、悶々と別の世界へと旅立っていた。
あまり考えていても仕方がない。やらない後悔よりやる後悔だ!安吾は意を決して話しかける事にした。ソワソワ落ち着かぬ様子のまま、次は如何声を掛けるか悩んでいた。
やがて休み時間に入った。さあやるぞ、僕はやるぞ!別に同じクラスメイトであって話しかける事など特に可笑しいものでも無い。そう自分に暗示を掛けるも躰の力は抜けず、緊張した面持ちで安吾は席を立ち、1人座っている彼女に近づいた。
「あの、名字さん」
「あ、坂口君!」
「テストの点数、如何でしたか?」
実際、以前よりも点数が伸びていたか少し気になってはいたのだ。伸びなければ自分の教えも悪かったかもしれないし、次回以降教える立場としての改善点も出てくるかもしれない。ドキドキ鼓動が高まる。
意図を察した彼女には笑顔が綻び、ピースサインを出した。
「坂口君のお陰で過去の中で1番善かったよ!」
「そうですか、それは善かったです」
ふにゃふにゃ笑う彼女の表情に胸をときめかせ、安吾もなんとか笑顔で返したのだった。