ある日から前世の記憶というものを思い出した。
前世の私は審神者という職業に就き、刀の付喪神を使役して敵と戦い、襲撃によって命が尽きた。
今はそういった類いの力は持ち合わせていない。

先日、前世でお世話になったシロと再会する事が出来た。シロというのは刀に宿る付喪神で、普段は霊体らしく一般の人間には姿が見える事は出来ない。
私も例外無く見えない者であったが、ちょっとした出来事によって彼との縁が強く結ばれた事により、条件を満たせば彼の人としての姿を見る事が出来るようになった。
会話をしたい彼と早く帰って寝たい私がよくひと悶着起こすが、ここでは割愛とさせて頂こう。
周りからしたらちょっと変に思われる所があるかもしれないが、私は普通の学生生活を送れている、筈だった。

簡単に言えば、1か月ほど前から嫌がらせ行為をされている。
これまで起こった出来事を話そう。
「あれ?筆箱が無い…」
最初に気づいた違和感は、机の上に置いていた筆箱が無くなった時だ。
ほんの数分、席から離れただけだった。誰かが机にぶつかって衝撃で落ちたのだと思っていた。しかし、周辺に落ちている訳でも無く、机の中や鞄も確認したが見つからない。結局この日は友人に筆記具を借りて事なきを得た。
次に教科書、体操服など授業に必要な私物を隠される事が多くなった。シロの悪戯の線を考えたが、彼はこういった嫌がらせのような驚きはしない…筈だ。
自分で私物を見つける事が出来ない時は、決まって別のクラスの子が見つけてくれた。空き教室や校舎裏、ごみ箱の中でよく目撃すると教えてくれた。
こういった小さな嫌がらせの次は、罵詈雑言が書かれた紙を忍ばされるようになった。
「死ね」「消えろ」「ブス」「学校やめろ」などといった誹謗中傷だ。最初こそ傷付きはしたものの、謂れのない悪口ばかり書かれると怒りの感情の方が勝ってきた。
誰かに恨まれるような事をしたつもりは無かった。小さな喧嘩はした事はあれど、お互いの落としどころを付けて和解している。
そもそも、誰がこういった嫌がらせをしているのか見当が付かないのだ。嫌がらせをしている所を目撃してもいないし、私を直接狙ってくる事も無い。
何が気にくわなかったのだろうか?
見えないシロと関わっている所を目撃され、1人で可笑しな行動をしてしまってる事に気味悪がられたのだろうか?それとも性格の不一致?ただ気に入らなかったという理由かもしれない。
駄目だ、考えても拉致が明かない。
話し合うにしても、こちらは接触する手立てが無かった。

「またか…」
今日も靴箱の中には罵倒の言葉が書かれた紙が入れられた。
今までこういった類いを受けた事が無いので対処法がよく分からず、頭を悩ませながら教室のゴミ箱に捨てる。
友人に相談すれば「何かあったらちゃんと言って」と心強い言葉を貰えた。1人でもいつも通り接してくれる人が居れば案外乗り越えれるものだ。
しかし、早いとこ手を打ちたい所ではある。
嫌がらせがヒートアップすれば私自身に危害を加えてくるかもしれない、怪我を負えば部活に支障が出る可能性がある。それは絶対避けたい。
事によっては、私の心が折れて登校拒否になるかもしれない。今はどうであれ、これから先同じ事が続けば確実心は消耗する。
「はーどうしよう…」
私の嘆いた声は、誰にも拾われず宙に消えた。

それから、1ヶ月が経過した。
「おはよう名前。今日は大丈夫?」
「おはよう。それがぱったり無くなったんだよね」
「え、まじ?それってもしかして…」
この1ヶ月でざっくり2つの変化があった。
まず1つ、私のクラスから退学者が3人出たのだ。

彼女達が退学するこの1ヶ月、奇妙な出来事が多々あった。
授業中、筆箱を開けばカッターナイフの刃が剥き出しになっていた。
前世の死因が死因なだけに、刃物の扱いについては結構几帳面だ。カッターナイフを1度使えば必ず刃を仕舞うのを確認してから片付けてる私にとって、このミスは絶対有り得ない。
「いった!」
「ぎゃっ!?」
「…ッ!」
悲鳴が上がった方を見れば、件の3人が筆記用具を開けた際、カッターの刃で指先を深く切って保健室に運ばれた。
1度だけでは無い。1か月の間に何度も同様の怪我を負っていた。
彼女達の傷は次第に深さが増していってるようで、最終的には机にボタボタ血液が流れる程の出血となっていた。

「こっちに集合!」
「うわっ!?」
「な、…!」
「え、ちょ大丈夫?うわあ!」
体育の最中、何も無い所で躓き足を捻っていた。1人は余程重症だったのか、戻ってきた時には包帯を巻いて歩きづらそうだった。

1人だけならドジで済む所が、同じタイミングで3人が怪我をする。それも1度だけではなく、この1か月似たような怪我がこの3人だけに多発していた。
指先、膝小僧、顔。彼女達は見るからに傷だらけだった。
「あいつらさ、構われたいから自分から傷付けてんじゃね?」
「自傷行為って奴?」
「それそれ。」
クラスの人が彼女達を見てコソコソ話していた。3人は居心地悪そうに肩身を狭くし、そそくさと教室から出て行った。

「きゃあああああ!!!」
「どうした!?」
「階段から落ちたみたい!先生呼んできて!」
移動教室の最中、階段から落ちて病院に運ばれた。

彼女達が学校に来なくなった日から、「あの3人の怪我凄い偶然だったよな〜」と彼女達の話を一部は面白可笑しく語り、一部は体を震わせて「怖い」と多種多様な反応を見せた。
噂好きの女子生徒は、「これは祟りだ」とやけに楽しそうにしていた。
「何が祟りなの?」
「階段から足を滑らせたって出回ってるけど、あれは嘘だって噂があるの」
その女子生徒から聞いた話であるが、階段から落ちた時に足を滑らせたのでは無く、「背後から突き落とされた」と3人は言ったらしい。
階段の上をたまたま見た1人の目撃証言から出た言葉は、「和装の男」、「宙に浮いていた」と言う。
事情を聞いた教師は、彼女達の言葉をまともに取り合わず、「構って欲しいが故に起こした事故」だと結論を付けた。この一件は彼女達の不注意として処理されたが、事情を聞いたらしい一部から噂程度に流出していた。
退学した事については疑問に思う所はあるが、誰も触れる事は無かった。
彼女達の席はある日を境に教室から無くなり、いつの間にか話題に出す事は無くなり、彼女達の存在は5組から掻き消えた。
和服の男、宙に浮いている…まさかな。

ああ、そうだ。もう1つ変わった事。
私の嫌がらせは、彼女達が居なくなったと同時にピタリと止んだ事である。