今年の春、私は雄英高校ヒーロー科に入学した。
あのオールマイトが入学していたと言われてから余計注目を浴びているこの学校のヒーロー科は、他の学校より何倍、何十倍と倍率が高く、合格を掴むのは蜘蛛の糸も同然だ。
そんな高校に私は合格出来、今はヒーローとしての教養を取っている。
ヒーローになる為、やはり普通科よりかは授業の進みがとても早く、それ以上に個性を使用しての授業はとてもキツかった。ちょっと前まで中学生で、法律的に個性の使用を認められていなかったから余計に自分の個性を十分に使いこなせていなかった。言葉を変えると伸び代があるという事でもある。
そんなキツい状況の中でも気になる人が出来てしまった訳で、その人の隣に立てるように、少しでも強くなろうと必死に訓練を積んできたのだが。
相澤消太君ーーー彼は合理的主義者なので私の恋は終わったも同然だった。
相澤君はことあるごとに合理的だ不合理だ時間の無駄だと言葉にする。そんな相澤君とお友達になれた私はもう凄いのではないだろうか?いや、相澤君がマイクと嫌々ながらも付き合ってる事からもう諦めの境地に入っているのかもしれないが。
そんなこんなで数日前の休憩時間、相澤君とマイク2人と一緒に会話していると、合理的だの返事をする相澤君に脈絡も無くマイクが突然「好きな子とか作らねーの???」と問うたのだ。
そりゃヒーローを目指している以前に思春期の高校生、そういう事にも興味は多少沸いてくる時期だろう。相澤君を置いてけぼりにしながらマイクと2人で恋愛の話で盛り上がる事もしばしばあった。相澤君はそういう会話は全く入って来なかったのでそこら辺の相澤君の本音は分からなかった。照れ隠しなのかな、ちょっとは興味あったりするのかな、少し期待を膨らませてドキドキ返事を待っていると「んな時間あったら訓練しろよ。」
そう、ばっさりと切り捨てたのだ。始まってしまった恋が告白するよりも前に終わってしまったも同然。
確かに相澤君らしい返事だ。期待はしたけどそう答えるかなと予想はしていた。が、仮にも好きな人の反応がこうであっては予想はしていれど気落ちしてしまうのも仕方無いだろう。
それから少しずつ相澤君を諦められるように、意識しないように努めようと考えた
すぐに諦められたらこんなに苦労もしなかっただろう。はぁ、とため息を零しながら少しずる膨れていく感情から目を背けようと授業に集中した

宿題のプリントを忘れてしまった事に気づいたのはマイクと2人で帰っている途中だった。待って居るというマイクを先に帰し、私は教室まで踵を返す。
雄英高校は少し、どころかだいぶ広い。自分の教室に行く事さえ結構な距離があるのだ
授業でクタクタになっている身体では少ししんどい道のりだが仕方無い。明日怒られるのが目に見えてるからだ。
ため息を1つ零し、とぼとぼ足を動かす。少し気落ちしていたせいで距離が長く感じるが、教室に到着したのでドアを開けた。
開いてる窓から風が吹き、ゆらゆらと動く少し癖の付いた黒髪。頭を枕にして机に突っ伏し、すぅ、と規則正しい静かな呼吸音。
誰も居ないと思っていた教室に1人、先客が居た。
「あ・・・相澤君?」
名前を呼んでも特に反応が無い。恐らく寝ているのだろう
合理的だと言う相澤君が教室で寝落ちだなんて何かの気まぐれだろうか。いや、そういや先程の授業で敵役の異形型の相手との接近戦で相性が悪かったのか結構な怪我をしていたし、その時にリカバリーガールに治癒を施して貰ったのだろう、その証拠に頬の怪我が治っていた。いつも以上に厳しい訓練な上に治癒で体力がごっそり持って行かれたのか、彼に近づき寝顔を覗いて見ても起きる気配が無かった。
彼の前の席の椅子を借りて向かい合わせになるように座り、彼を観察する
そより、風が教室内に入り込む度にゆらゆらと揺れる髪に私はゆっくりと手を伸ばした
見た目よりかはふわふわした毛質の髪に指を絡め、起きない事をいい事にそれを堪能する。
じわじわと彼の事が好きだという気持ちが溢れかえる。心が締め付けられる。こんな感情、気づきたくなかった。
合理的な彼にとっては、こんな私の感情なんて必要無いもので迷惑なものだろう
腕を枕にしている彼の隠れてない片手を両手で包み込み、目を閉じて深呼吸をする。
「ごめんね相澤君、ごめん。好きになって、ごめん」
「きっと諦めるから・・・今だけは好きでいさせて欲しい」
この感情に蓋をして、君の隣で純粋に笑えるように。
それまでは、好きという感情を持たせて欲しい
「俺も好きだよ」
「・・・え?」
寝ているから少しだけ大丈夫だろうと思っていた独り言に返事が来た。固く閉じていた瞼を見開き、声の主に視線を向けた
握っていた手はそのままで、何も無かったかのように普通に座っていた。
両手をバッと離し、ガタガタと音を大きく鳴らしながら立ち上がる。どうしよう独り言、聞かれてた・・・!弁解しようと両手を大げさに振りながら言葉にした
「ああぅあのこれはね!?違うの!えっと・・・そう!これは夢!夢なんだ!!!」
だいぶどもったが多分これで弁解は出来ただろう。うん。彼に視線を合わせる事はせず、明後日の方向を向きながら達成感に満ちていた。
「じゃあ、」
なんとなく刺々しい視線が来ていたような気がするが、それも夢のせいだろうと自己解決していると、ふと相澤君がガタリ、と椅子を鳴らして私の腕を取った
頭に疑問符が浮かぶも束の間、問いかけの言葉は相澤君が私の唇を奪った事により、呑み込まれた
チュ、と可愛い音を鳴らしながら彼が離れていく。それと同時に今何が起きたかじわじわと理解し、顔に熱が集中する
「あ、いざわくん、」
「これも夢だった事にできんの」
照れと気まずさによるものか、彼は私に目線を合わせる事なく言葉にした。
ふい、と口を尖らせながら横を向く彼の髪の隙間から、赤く染まった耳がチラリと見え余計に顔が真っ赤になる
ピシリと固まり、一向に返事をしない私にチラリと全てを見透かしてるかのような三白眼が私を捉えた
「・・・おい」
「あ、・・・で、きない・・・」
「じゃあ、夢で終わらすな。・・・名字、俺はお前が、」
「あ、で、でも待って!まって・・・」
「何だ、まだあんのか」
「告白は、まだ待って欲しい・・・」
「は?」
合理的で、恋愛なんか興味無いと言わんばかりの彼から好意を向けられてるのは純粋に嬉しかった。好きな人なら尚更嬉しいし、凄く舞い上がっている。
のだが、お互いヒーローになる為に頑張っているのだ。相澤君の言う通り、私はまだまだ個性を扱い切れてないのだ。そのせいで相澤君の足を引っ張る可能性があるのも嫌だし、自分の力で彼の隣に立てるようになりたかった
自分勝手な理由だが、告白を待って欲しいと告げた所、少しドスが効いた声を出し食い気味で個性を使っているのではないかと思う程の眼力をこちらに向けながら返事が来た。
めちゃんこ怖い。メデューサの個性じゃないのかと勘違いする程怖かったが、自分なりの言葉で彼に伝えると目を伏せつつため息を零した
「名字の言う事はよく分かったよ」
「うん」
「だからと言ってはいそうですかって言える程俺も大人になっちゃいねぇ」
「え、」
「・・・卒業したら、良いんだろ」
そう言った彼の欲が出ている目を逸らせる事なんて出来ず、上擦った声で「はい」と返事する事しか出来なかった
卒業するまでに頑張って個性を扱いこなして、彼の隣に立てるように頑張ろう。

――卒業式
「オ"ォ"ンッ!!!!おれ、おぇ、俺絶対お前らの事忘れないからなぁ!!!!!」
担任が涙と鼻水を出し、嘔吐きながらそう言ってHRが終わって数十分。教室は卒業アルバムの余白部分に一言メッセ―ジを書いて貰おうと声を掛けている人、泣きながら会話をする人、写真を撮る人で賑わっていた。
この雰囲気も今日で最後なんだなぁ、としみじみしながら自分の席で皆を眺めていると、名字と横から声が掛かった
「ちょっといいか」
「うん、いいよ」
荷物はそのままで、猫背のままズボンのポケットに手を突っ込みゆったりと歩く相澤君の後ろに付いていき、教室を離れる
ガヤガヤと賑わっていた反面、廊下は静かだった。卒業生はまだ帰る事を惜しんでいるのか、ほとんど廊下を歩いてる人は居なかった。
何処に行くんだろうと疑問に思いながら、彼の後ろを歩いて行くと1年の教室がある方に足を向けている事に気づいた。
廊下は既に私達しか歩いておらず、コツコツと私達の足音だけが反響していた
「ん」
「あ〜〜〜懐かしい!1年の時この教室だったね!」
「そうだな」
「ここで相澤君と隣の席になったよね、ここの席にもなった事あるんだぁ。前の人が身長高くて見えづらくてさぁ」
「・・・ん」
ガラリと相澤君が開けてくれたドアを潜り、懐かしさの余り相澤君に話しかける。その話を面倒がらずに相槌を打ちながら聞いてくれ、そういえば、と本題に入る
「そういやここに来てどうしたの?」
「・・・覚えてるか。放課後、ここでした会話」
ガタリ、1つの席に相澤君が座る。放課後、この席でした会話なんて思い当たる事なんか1つだけだ
ぶわり、と顔が赤くなるのを感じながら彼に向かい合うように前の席の椅子に座った
「覚えてるよ」
「そうか」
「うん」
「なら話が早い。名字、俺はお前が好きだ。・・・卒業すんなら、もういいんだろ」
彼も、覚えててくれたんだ。好きでいてくれたんだ。内側から沸き上がる感情が溢れ出てきそうだ。嬉しい、合理的で、少し面倒くさがりな節があって、私が好きな人。
「私も好きです」
震える声で絞り出した言葉はこれだけだったが、彼に伝わったならそれで良い
2年越しにされたキスは、少し涙の味がした