嗚呼、寒い。とても寒い。きっと汚れていなければそれなりの値が張るであろう落ち着いたシャツとスカァトは、泥や血、体液を吸って既に面影の無い。所々破れてしまっているその服を身に纏い、片方の靴を履いていない小汚い少女、名前はその場に座って暖を逃がさぬよう躰を縮こませていた。
貧民街では風を遮るような場所は少なかった。名前が居る場所がそういった場所であったからだ。故に、同じ境遇である子供達と共に身を寄せ合って暖を取る。冬の夜はそうやって凌いでいるが、劣悪な環境であるが故に1日を越せない子供だって居る。
寒さで目が覚めてしまった名前は、指先に息を吹きかけ手を擦り合わせる。そうすれば少しでも暖が取れてる気がするからだ。それでも気休めだと云う事は理解しているが気持ちの問題だ、もう少ししたら眠気が来て睡眠に入り、やがて朝が来る。運が善ければ死んでいないだろう。名前は遠くの夜空をぼうっと見つめた。
「綺麗…」
星が輝き月明かりが名前達を照らす。遠くの方では人が活動しているのか未だに街の方は明るい。星のように黄色い光の中で、赤や緑の色をした光がキラキラと輝いてる事に気がついた。
嗚呼、そういえば今日は12月25日。クリスマスだ。
去年まではサンタさんがいつ来るのだろうか、今か今かと暖かいベットの中で待ち、結局は寝落ちして正体を明かす事が出来なかったとふて腐れていた事を名前は思い出した。1年も未だ経過していない貧民街での暮らしはとても長く感じ、楽しかった記憶も遥か昔のようであった。今では寒空の下で毎日生きる事に必死だ。嗚呼、寒い。
「うぅ…うー?」
「チビ君、起きちゃったの?」
「あう…んぅー…」
寒さなど知るかと名前の隣で大の字で眠っていた彼の目が開いた。眠いのか目をゴシゴシ擦っては名前にぴっとり引っ付く。彼の格好はTシャツ1枚なのできっと寒いのだろう、引っ付いてくる彼の肌に触れるとこちらが震え上がる程冷たかった。少しでも暖を分け与えるように彼の躰に腕を回せば、とても嬉しそうな表情を浮かべて名前にぎゅうぎゅう抱きしめ返した。
「サンタさん来ないかなぁ」
「あう?」
「サンタさん」
「あー」
彼は心底不思議な表情を浮かべながら名前の顔を見つめる。だがしかし言葉を理解していない彼は名前の発している意味など分かりやしない。ただ話しかけられているという事が嬉しいのか、彼は同じように音を発するのだ。
「サンタさんはね、善い子にプレゼントを渡してくれるおじさんなんだよ」
「うー」
「それでね、悪い子は連れて往かれちゃうんだって。」
俯きながら名前は云う。誘拐しようとした男や祖母を殺したきっと私は悪い子なのだ、だから親に捨てられ劣悪な環境で死ぬ事も出来ずに必死に足掻く事しか出来ない。
「???あーう」
「って、チビ君に言っても分からないか」
頬をぺちぺち叩いてくる彼の事を見て笑みを浮かべれば、彼もよく分からない表情から一変して嬉しそうな顔を浮かべた。
きっと今の名前にとってサンタは彼なのかもしれない。先刻まで悲しく、寂しかった気持ちがいつの間にか消えている事に気が付いた。寒くて震えていた躰も今は彼の温度でじわじわ熱を持ちはじめ、震えも止まっていた。
隣に居る温もりが消えない事を柄にもなく祈り、名前と彼はその場に寝転び目を瞑った。