「お疲れ様でーす」
「お疲れ様ー」
定時になった途端に仕事の片付いた後輩や先輩達がゾロゾロと帰宅していった。否、いつもはある程度残業していく人だってその中にはちらほら混じっており、「嗚呼、善いなぁ〜」と彼らの背中を見送って私は山積みになっている紙を1枚手に取る。
私はというと、同僚である坂口安吾からそれはそれは膨大な仕事を押し付けられたお陰で残業である。まあ別に今日は予定があると云う訳でも無く、むしろ何もやる事は無いから気にしてはいない。ただ、本来であれば定時で帰宅できる所を残業するのが大変面倒だというだけだ、彼と2人で仕事を進めていく事に関しても普段と変わりない事である。
「あー疲れたー」
「手、止まってますよ」
パソコンから目を離さず指摘される。そりゃそうだろう、朝からいきなり「これ、お願いしますね」と自分のデスクに山積みになる程の書類を押し付けられ、私にしては休憩もあまり取らずに仕事をしてやっと少し山が減ってきた程度にしか終わっていないのだ。それなりに捌いたつもりであったのにまだ紙がたくさん手元に残ってる。途方に暮れてやる気が削がれるのも無理は無いだろう。
「はぁー…」
「溜息ついてないで手動かして下さい」
嗚呼、これは徹夜コースかもしれない。何で安吾はこんなに仕事を放置していたのか、厭がらせか?ん?そういう思考が巡った途端に同僚が居る方から鋭い視線を感じた。怖ッまじ怖ッ
「莫迦な事考えてないで、早く仕事しなさい」
「ういーっす」
何で私の思考見透かされているんだろうか。少し恐怖を感じながら仕事に専念するのであった。

集中力が途切れた時、時計は19時を指していた。
凝り固まった躰をうんと伸ばせば背骨がボキボキ音を鳴らし、筋肉が伸びているのが感じられた。「あ”ぁ〜」とおっさんのような声を出して肩を回せば、同僚から「おっさんですか貴女」と指摘を受けた。嗚呼、そういえば同僚居たんだっけ、すっかり忘れていた。
「ピッチピチの乙女ですぅー」
「はいはい、冗談は程々に」
「泣くぞ???いい加減泣くぞ???」
呆れた表情を浮かべながら仕事に打ち込んでる同僚にじぃっと視線を送れば、やがて彼は溜息を吐いて席から立ち上がった。
「もうこんな時間ですか。仕事は何処まで進みました?」
「あーキリの善い所までは終わった。後半の方が簡単な物ばっかだからスイスイ進んだよ〜それでも後こんだけ残ってるけど」
「そうですか。少し外の空気でも吸いますか」
そう云って彼は上着を羽織りマフラーを付け、私に向かってちょいちょいと手招きをした。まあ一寸の息抜きには善いだろうと私も上着を羽織って待ってくれてる彼に駆け足で近づいた。
「うっわ寒ッ!」
「もう冬ですからね」
「はー今年ももう終わるじゃん…早いなぁ」
寒い寒い夜空の下、躰を小さくしながら同僚の隣を歩く。あまりの寒さに踵を返したくなるが、彼は目的地があるのかスタスタ歩いていくので護衛も無しに危ないだろうと仕方なしに彼に着いて往く。
「この仕事をしてれば1年なんてあっという間ですね。」
「ほんとにねぇ…ぶえっくしょい」
「もっと女性らしくしたらどうなんです…ほら」
「あー善いよ善いよ、安吾に風邪引かれても困るから」
「善いから」
「…ありがと」
同僚が私の首に巻いてくれたマフラーを有り難く借りながら隣を歩いていれば、やがて繁華街の中に入っていった。そこはイルミネーションでキラキラ輝いており、夜という事を忘れてしまう程に人も多くて華やかだ。
「なーんか、平和だねえ。」
「そうですね」
「イルミネーションいっぱいだね。今日なんかあったっけ」
「…貴女、こういった行事はあまり興味無いんですか?」
「え、行事?」
「クリスマスですよ」同僚がそう云う。確か今日は、12月24日…
「え、もうそんな時期!?怖ッ!時間経つの早すぎ怖ッ!」
「貴女が1番浮かれてると思ったんですが…まあ善いです。」
少し呆れた雰囲気を浮かべながらも彼はイルミネーションの街を一瞥するも、特に楽しむ様子も無く歩く。対して私はクリスマスという今日を楽しみたい反面、仕事が未だ終わってないなんとも云えぬ心境になりつつもイルミネーションに目を奪われるのであった。
「わ、安吾見て!でっかいツリーだよ!凄い綺麗!」
「本当ですね。外に出た甲斐がありました」
私が足を止めれば彼も止めて共に見る。キラキラ輝くそのツリーを見ては、今日がクリスマスと云う事も忘れて引き篭もってたであろう事を考えれば、残業も悪くないのだと思う。
「却説、そろそろ住きましょう。」
「ほーい。所で何処向かってるの?」
「あそこですよ」
彼の指差す場所は、彼があまり出向かないであろうケーキ屋であった。
「残業した同僚に、たまには飴をあげようかと思いましてね」
そう云って彼は私の返事も待たずにスタスタと先に歩いて住ってしまった。
「あ、待って!」
あの学者風の姿のまま、気難しそうな表情を浮かべながらクリスマスケーキをどれにしようか悩んだのだろうか。そのアンバランスさを想像しては笑いが込み上げてしまう。
同僚の手にあるケーキを職場で2人で摘み、クリスマスもへったくれも無いと2人で愚痴を零しながら1日は過ぎていくのであった。