今日は12月24日だ。中原中也は人1人殺せそうな眼光でカレンダーに付けた赤い丸印を見ていた。
中原中也はこの日を愉しみにしていた。思わず口角が上がってしまうが、それを抑える事はしない。まるで宿敵と邂逅したかのような表情であった。「ッハハ!」壁に向かって不気味に笑う彼の部下達はその恐ろしい迫力に思わず避けて通り、不審者を見たかのような目つきで彼を伺う。
「またなんかしてる…」
名前がそう零すも彼はお構いなしだ、それよりも大事な事がある。
そう、なんてったってこの日はクリスマスだ。そう、クリスマスである。子供の居る家族やカップル達もこの行事を逃す事は無いだろう。
中也はなんと名前と過ごす権利を獲得していた。誘った際に了承を得た時は思わずその場でガッツポーズをした程に、彼にとっては愉しみにしていた日であったのだ。
中也はデスクに置かれてる書類に気を留めず、今日のデートプランを何度も脳内で確認した。まず早い時間帯に仕事を切り上げ帰宅し、少し洒落た服に着替える。その際名前に似合いそうな正装を事前に購入していた。勿論、彼女が好みそうなシンプルな服である。
その後はディナーだ。予約が取れないと云われている程人気のある、夜景が綺麗なレストランを予約した。少し堅苦しい所かもしれないが、名前も中也もその辺は叩き込まれている。作法については問題無いだろう。
ディナーを終えればイルミネーションが凝っており、クリスマスの時期はいつも騒がれているデートスポットに向かう。幸いレストランから徒歩で向かえる距離だ、酒を少し飲んでも問題は無い。そこできっとロマンチック溢れる何かが、きっと待っている筈だ。
『名前、月が綺麗だな』
『…!死んでも善いわ』
だなんて云われたらどうする。
「ふはっ」
「中也、ニヤけてないで仕事して」
不味い、思わずニヤけてしまった。中也は途中で妄想を止めて、渋々書類に手を付けるのであった。

「え、善いよそんな」
「善いから着ろ、俺からのプレゼントだ」
第一段階で既に難色を示していた。見た目に頓着しない名前は仕事着のまま向かおうとしていたのだ。態々引っ張って来たのは善いものの、服を受け取るまでだいぶ時間が掛かった。プレゼントを渡せば女は喜ぶっつー情報は何だったんだ、思い切り顰めっ面で渋々受け取られたぞ。中也は以前見た情報誌に悪態を吐きながら自分も服を着替える。
「着替えたよ」
「おう、似合うじゃねえか」
「ありがとう、中也が選んでくれたの?」
「まあな」
「成る程、中也はセンスあるから私に似合うのかもね」
「ン"""ッ!!!」
何故自分が先にときめいているんだ。中也は早く脈打つ鼓動を落ち着かせようと必死になりながら、先に玄関に向かう名前を追いかけた。

「中原様、お待ちしておりました」
ディナーの予約時間丁度に到着した。間に合って善かったと胸を撫で下ろしながら案内された席に座る。
堅苦しい席かと思いきやそういう訳でも無い。善い感じで賑わうこの場は、緊張を解すのに丁度善かった。いつもよりほんの少し煌びやかな服を着用しているせいか肩に力が入っていた名前も、そこまで畏まらなくて善いと気づいたのか運ばれたディナーや夜景、この雰囲気を愉しんでるようだ。そんな名前を見ては中也も愉しい気分になりながら葡萄酒を口に含む。
「ご馳走様でした。美味しかったね」
「おう」
「そろそろ出る?」
「否、」
「お待たせ致しました。」
見計っていたのかと云いたい位にジャストタイミングでスタッフが来た。その手にある盆の上にはクリスマス仕様のケーキが乗っており、それを見て名前はパァ、と顔を輝かせた
「わあ…!美味しそうだね、中也!」
「おう、そうだな」
名前の前に置かれたケーキ。中也は名前の為に用意していたのだ、嬉しそうにケーキに手を付ける名前の笑顔を見ながら残り少ない葡萄酒を飲む。
「あれ、中也の分は?」
「俺は善い。手前の為に用意したからな」
「でも2人で食べた方が美味しいよ。はい、あーん」
「ン“ッ!!!!」
死んでも善いわ。中也は貰ったケーキを噛み締めるのだった。

酔い覚ましの為と称してイルミネーションが綺麗なスポットに連れてきた。そこは矢張り人で賑わっているが、中也からすれば名前と共に居れるなら例え人が多かろうが善い思い出になる。対して名前は、人の多さに少し圧倒されていたのだがイルミネーションに目を奪われたようでその表情は輝きに満ちていた。
「な、なあ名前」
「んー?」
「月、綺麗だな」
「え?」
名前は驚きに満ちた表情を浮かべていた。中也はなんて返事が来るか心臓をドキドキ高ならせながら彼女の言葉を待った。
名前はきょとんとした表情で言い放つのだ。
「曇って月なんか出てないけど」
中也はその日、自棄酒をした。