小さい頃から、周りより頭の出来が良かったと自負している。
テストなどで明確にしてみればその差は圧倒的であった。勉強せずとも常に上位5位以内には入る程度の実力はあり、学年1位を取った事も数知れず。そんな私の副作用として、なんとなく相手の考えを読めるという特技があった。
相手の視線、癖や動きからなんとなく相手の気持ちを汲み取る事が出来る。空気が読めると言えば一見好ましい言い方であるが、少し踏み込み過ぎれば気味の悪い特技である。小学校の頃はまだ未熟だった為よく気味悪がられ、誰も私に寄り付いて来る事は無くなった。
小学生という年代は善悪を理解していない子供が多い分何かと厄介なものであり、遊び盛りで噂好きの子供達の巣窟でもある。少しのネタが兄弟から同学年の友人に、そして学年中に広まるという事は珍しい事では無かった。そのお陰で私は顔も名前も知らない子供にも「気持ち悪い」「心を読むな」などという言葉の暴力を投げかけられ、時によっては体を押され揶揄われ続けた。奴らにとっては遊びの範疇でやっているのだろうが、これは立派ないじめであり見方を変えれば犯罪になりかねない事だ。と言っても悪事だと自覚していない分訴えた所で話にならないだろうし、そもそも小学生の言う事なんてきっと学級会を開かれ終わるような話なのだろう。
いつ頃であっただろうか、「名字名前は教師の心を読んでカンニングをしている」という事実無根の噂を流されたのは。テストの点数は自分の実力であるし、きっと頭の良くない人間が適当に流したものなのでこういうのはムキになって反論するより、何も反応しない方が早く鎮静化する。何処の誰だか知らないが、きっと私の反応を楽しむ為だけに適当な事を言っているに違いない。特に気にする事も無く馬鹿な噂が早くほとぼりが冷めればいい。
そう思っていたのに、巡り巡ってその噂は両親の耳に入っていった。
両親は私の事を酷く怒った。その説教を聞くに、カンニングをしていたという部分だけを聞いたらしい。そんな事実は無いと私は反論したのだが、頭に血が上ってる両親が私の言い分など聞いては貰えなかった。
両親だけは味方になってくれると信じていたのに、酷い裏切りをされたと落胆し、絶望した。
何で、私がこういう羽目にならなくてはいけないのか。少し頭が良いだけで何が悪いのか。
全員私と同じ思いをすれば良いのに。

中学は受験して地元から少し離れた帝光中学校という所に行った。幸い私の学校から同じ場所を受験する人間は居なかった為、変な噂を聞いて私を避ける人間は居なかった。それとは裏腹に、カンニングの事を指摘されてから両親の関係が悪くなっていく一方であったが。
せめて学校だけでも安息の地にしてしようと、今度こそ変に踏み込まず上手く生きていこうと決意し、頭の良くない人間を装いながらテストの点数をひた隠し、自分の特技をフル活用して交流を広げていく。嗚呼、こんなに簡単に人との関わりは作れるのか。上辺だけの私を見て気配りの出来る良い人間だと言い、実際の私など見ようともしない。何が友情だ、何が信頼だ。ちょっと私の本性を表せばこいつらは掌を返して誹謗中傷を言ってくるだろうに。
「なあ、お前部活入ってなかったよな?」
「うん、入ってないよ」
「じゃあバスケ部のマネージャーとかしてみねえ?」
「はい?…まあ、良いけど…」
特に断る理由も無いし家に居る時間を少しでも減らしたかった私は、同じクラスの虹村に誘われて始めたバスケ部のマネージャーをする事になった。マネージャー業というのは物凄くハードなものであった。部員のボトルを洗ってスポドリを作り、タオルやシャツを洗濯する。最初の1ヶ月程は毎日筋肉痛で根を上げそうになっていたが、部員の休憩時間と被らない限り人付き合いもほとんど無く、気を遣わないで良い分精神面ではかなり楽な仕事だった。
「っしゃ!ナイシュー!」
「お前居ると助かるわー!」
体育館の中で互いに褒めあう言葉が飛び交っていた。焼け焦げるような不快感が胸に広がり、歯を食いしばる。
羨ましい。何も取り繕わないで仲良くなれる彼らが羨ましい。もっと上手く生きていたなら、もっと頭が悪ければ、そうすれば私も心から思える友人というのが出来たのではないか。
何でこんなにも身を削る思いをしてまで友情を育まないといけないのだろう、何で本当の私を誰も見てくれないのだろう。
努力などした所で確実に実る訳でも無い、ちょっとした綻びがあればすぐ壊れて無くなってしまうのに。

3年の半ば辺りから、バスケ部は殺伐としてきた。
1軍が執り行った体制によって、3軍にも仲間意識というのが減って連携が上手く取れなくなっていた。
「おい今の取れよ!」
「お前のパスが下手だからだろ!」
体育館の中で互いに罵倒する言葉が飛び交っていた。心が軽くなって愉しいという気持ちが芽生え、にやりと笑みが零れる。
なんて私は性格の悪い人間に育ってしまったのだろうか。他人の不幸を見て愉しむだなんて、どうかしている。いや、生まれた時から私はどうかしているのかもしれない。
「名字先輩」
「あれ、黒子君!どうしたの?」
一時期3軍に身を置いていた彼は、練習がハードだったのかよく吐いて体育館を汚すもので私が世話をしていた。それ故か相談相手という立ち位置に置かれてしまったのか、今でもたまに顔を出してくる。こういう時だけほんと都合の良い奴だ。
「僕は、どうしたら良いんでしょうか…」
相談内容は「キセキの世代がバラバラになってしまった」というものであった。長ったらしく説明されて大変迷惑であったが、あくまで良い子ちゃんの面を引っさげた先輩の役をしている以上面倒臭い表情を出すにもいかない。ニコニコ笑みを絶やさず、そして時折困った表情を浮かべ、彼が欲しいであろう言葉を囁く。きっと私の言葉を支えにするのだろう、そうして現実とのギャップの狭間で藻掻き苦しみ続ける。所詮相手が考えを改めない限り彼の望む友情は戻りやしない。
そしてお前もどん底に落ちてしまえばいい。
救いの手を差し伸べた後に落とされた時の人の表情というもの程そそられるものは無い。嗚呼、でもその頃には私は進学しているだろうし、表情を拝む事は出来ないだろう。自分が酷い言葉を投げかけさえすれば見れただろうに、失敗したと虫唾が走る思いを押し殺してその場を去った。

3軍のマネージャーとして3年間務めを果たした。
帝光中学校を卒業して、霧崎第一高校に入学した。中学は通学面が大変面倒であった為、適当に都内にある近場の学校を選んだ。偏差値の高い所であったが学力と内申点は良い子ちゃんの分厚い皮のお陰で随分荒稼ぎしていたので、無事合格する事が出来た。
「新入生代表、花宮真」
「はい」
入学式の事であった。ほとんどの人間が聞いてないであろう長ったらしい話を演台の近くの席で右から左へ流していた時、檀上に上がる新入生を目で追った。
皺ひとつない新品の制服に身を包んではいるが、どこか辛気臭いようなオーラを醸し出している。ネクタイを上まできちんと結んでいるのに姿勢も正さず猫背気味のまま、好印象を持たせるだろう口調で笑顔は絶やさないが目は笑っていないアンバランスさ。
その男を見て直感めいたものを感じた。
”この男は同族だ”と。
何故そう思ったのか自分でも理解不明だ、ただ第六感がそう告げたと言うしか無い。ただ彼に釘付けになり代表挨拶が終わろうが檀上から降りて来ようがじっと凝視していれば、ふと彼と目が合ってしまった。
ニコリ。目の奥は心底面倒そうな心情が見え隠れする笑みを浮かべる彼に、私も笑顔を貼りつけ対応する。たった数秒、されど数秒。矢張り彼は同族だ、もう直感でも何でも無い確信めいたものを感じた。

バスケットボール部のマネージャーとして入部した。小学校の頃から未だに修復出来ていない両親との溝は深まっていくばかりで、最早1分たりとも家に居たくない状態が続いていたからだ。適当に図書室で時間を潰すのも有りであったが、暇をつぶすのであれば内申点に響いて来るであろう部活に励んだ方がまだ幾分か効率が良いだろうと考えたのだ。
多少強豪校である霧崎第一バスケ部であるが、割り与えられている体育館の数を聞けば帝光には劣ると推測する。中学時代、1番人数の多かった3軍のマネージャーをしていたので多少は楽だろう仮入部として体育館に行けば、たまたま彼も選手希望としてその場に居た。
花宮真。新入生代表として挨拶をしていた私の同類だろう男。
臭い台詞であるが、これが運命というものであろう。きっと私はこの男に出会う為に面倒な部活を続けていたのだと思った。
その男の化けの皮は分厚かったので表向きは本性を出す事はしなかったが、目の奥の奥で退屈で面倒だと訴えていた。それも入学から半年も経過しない頃から徐々に彼は本性を現しはじめ、遂には先輩を利用して試合中に相手の腕を、膝を、体を壊していった。
証拠など無い、ただ試合中に縺れて起きた偶然たる事故。でも確実に悪意のある暴力。マネージャーとしてベンチに座り貼り付けた笑みとは違う、とても愉しそうに顔を歪ませて笑う彼を見て「これが彼の本性か」とほくそ笑んだ。
「ねえ花宮君」
「何だい?名字さん」
「さっきのあれ、偶然じゃないよね」
心底驚きましたという表情を浮かべるが、目の奥底には「どうやってこの女をいたぶって自分自身が愉しんでやろうか」といった意図が滲み出ていた。が、そんな訴えも束の間、私の表情を見てどう思ったのか彼はニタリと厭らしい笑顔を浮かべて化けの皮を剥がした。
「ふはっお前も同族って訳か。気に入ったぜ」
「そりゃどうも」
こうして私は本当の花宮真との関わりが出来た。

2年になってからはやりたい放題であった。
まず1年の頃に監督の辞任。これはきっと彼が1枚噛んでいると推測するが、聞けば知ったかぶりを決めたので概要を知る事は出来ないまま、その空席には花宮真が君臨した。
例え経験があろうと年功序列を重んじる馬鹿な体制のお陰で2軍に配属されていた私は、2年に上がればレギュラーに1番近いマネージャーとして配属する事となった。主に私の仕事は対戦校の分析に関する事であり、雑務をこなすマネージャー業はそこそこ手伝う程度になった。
2年生が監督という部分やラフプレーのスタイルに関して各所から不満やクレームが相次いでいたが、先輩であろうが後輩であろうが関係無く突っかかってきた人間全てを花宮が片っ端から退部に追いやった。こうして誰も意見する人物は次第に現れなくなり、次第に周囲は受け入れはじめ彼の王国が築き上がっていった。
この王国は私にとって大変都合が良かった。日中は馬鹿を装うのは大変気苦労が絶えないのだが、放課後だけは猫を被らないありのままで居られる。自分の厭な性格や相手の思考を読むスキルを出しても否定されず、むしろ有効活用してくれる。
嬉しかったのだ、本当の私を見てくれる事が。気味が悪いと言われないのが。ちゃんと対等な友人として居てくれる事が。彼らの為なら喜んで手を悪に染めてやろう。そう思える程に。
「はい、次の対戦校のデータ」
「はいどーも。…へぇ、相手の故障事情まで書いてくれるたぁ出来るじゃねえか」
「ちょっと調べたら分かるし、実物見れば見抜くでしょ」
「まあな」
相手の性格や癖を分類し、試合の動きを見て攻撃パターンを解析したノートを花宮に手渡せば、彼はニヤリと笑みを浮かべて愉快そうに言葉を弾ませる。
自分自身試合に出れない為直接手を下さないものの、私は別のやり方で彼と共に悪意という名のナイフを振り上げるのだ。
「これでお前も運命共同体って訳だ。まあせいぜい活躍しろよ?」
「望む所」
共に落ちる所まで落ちてしまえ。