私、名字名前には好きな男が居る。
花宮真。私の想い人の名前だ。
彼とは高校の部活で知り合った。彼はバスケ部の選手として、私はマネージャーとして在籍している。
クロスワードやミルクパズルといった謎解きや、ポーカーなどトランプを利用した勝負事を好む私だが、同年代ではこういった類いを好む人間はそう居なかった。
花宮真を除いて。
彼は謎解きといった類いはそこまでやらないものの、心理戦の勝負事は好む傾向があるらしく、よく対戦相手になって貰った。
こういうゲームは意外にも性格というものは出やすく、奥深い娯楽であった。会話で互いの事を推し量るより、こちらの方が余程分かりやすい。お陰で花宮の性格に関しては私が1番よく理解してると自負している程である。恐らく、逆も然りだが。
お互い負けず嫌いであったので負けた方は毎度勝負を持ちかけ、現在の勝敗は五分五分である。2年生になった現在でも、この勝負に決着の付く事は無い。

1年の頃はただの友人として接していた。
そんな彼の事を目に追う時間が日に日に増えていった。
最初は、何故私の視界に入ってくるのかと疑問に感じていた。別に不愉快でも無かったので特に指摘しなかったが、ある時気づいたのだ。
彼が視界に入っているのではなく、私が勝手に目で追っていたのでは?と。
彼が勝負を持ちかけてくるのを待ち遠しく感じた時、彼に話しかけられて嬉しいと感じた時、他の人にはこまめに連絡しないと彼が零した言葉に少し舞い上がった時…ヒントはそこら中に転がっていた。
ただ、私はこの感情を絶対に認めたくなかった。
何故か?彼の部活に対する姿勢があまりにもお粗末で酷いものであったからだ。
彼のバスケのやり口は汚いもので、他者の歪んだ顔を見る為ならどんな卑劣なやり方でも厭わないという考えであったからだ。実際に相手側にわざと危害を加えるラフプレーをして愉しんでいるのを見て、この男は絶対に止めておいた方が良いと思っていた。
にも関わらず、私の気持ちは留まる事を知らなかった。気づいてしまったら彼を意識してしまう。ちょっとした反応で一喜一憂してしまう。
数ヶ月程抗ってみたが、好きになってしまえば彼のプレイも最初程気にならなくなってしまった。恋煩いというものは人の価値観を簡単にねじ曲げてしまう末恐ろしい病であった。
ああもう、これは駄目だ。認めよう。彼の事が好きだ。この感情だけは認めてやる。
ただ、私からは絶対に告白してやるものか。告白した方が負けだと小さい頃本で読んだ内容を思い出したからだ。
となれば彼を落とす駆け引きが必要で、彼から告白させたらこの勝負は勝ち。つまり恋愛に関してもゲームと一緒だ。
2年に上がってからは、彼との駆け引きが始まった。
連絡はこまめに行うが、たまに数日放置してみたり。思わせぶりな態度を取った後はのらりくらりと躱す。
これが意外にも効いてるみたいで、意外とウブな反応を示していた。悪童にも意外に可愛い所があるじゃないか。私は次の駆け引きに持ち込む為の算段を頭の中で立て始めた。
さあ、私に落ちろ!花宮真!

俺、花宮真には好きな女が居る。
名字名前。俺の想い人の名前だ。
俺がこいつの事を好きになったのは、受験日の時だった。いわば一目惚れ。
たまたま同じ教室で試験を受ける事になり、当たり障りの無い会話をしてからは俺の気持ちが膨れ上がっていった。
「互いに合格出来れば良いね」と言って彼女はその場を去ってしまい、連絡先を聞けぬまま別れてしまったものの、彼女も俺も無事合格していた為再会を果たした。ただ、彼女は俺の事を覚えていなかったようであるが。
俺のこの気持ちは日に日に増えていくばかりであった。最早恋心といった可愛らしいものではない、執着に等しいレベルで彼女の想いは深くなっていった。
彼女に想いを寄せる人は多くは無かった。でも、少なくも無かった。
男子バスケのマネージャーをしているお陰か意外にも面倒見が良いし、男ばかりの部活で女というのは華があるように見える。
クラスでも当たり障りの無い言い方や物腰の柔らかさ、一見話しかけづらいように見える彼女のフランクさに、一部の男子からは結構人気があった。
そいつらを潰すのは意外にも骨が折れた。
”優等生の花宮真”という顔の広い俺を利用して、名前の事に想いを寄せている人間達を別の奴らに恋心を持たせるように仕向けるのは相当しんどい。数が数なだけに、相手の理想のタイプを徹底的に調べ、それに見合う女を探しだし接点を持たせるのは意外にキツかった。
だが、奴らは案外単純だった。吊り橋効果という単語があるし、そういった雰囲気になるよう仕向ければすぐにコロッと名前以外の女に靡いた。
名前も名前で、男のアピールをアピールだと思わない鈍感だったお陰で、発展しなかったのが1番の要因だろう。
ただ、俺のアピールも全て無駄という事でもあるのだが、まあ良い。俺以外に男が居なくなったとなれば勝手に俺に堕ちてくる筈だ。
俺は常に名前の視界に入るよう徹底した。最初はあまり効果は無いように思えたが、長く続けている内に案外効果は出るようになってきた。
他の女には見せない素や、こまめに連絡をする生真面目さ。…まあ、連絡に関しちゃこいつと少しでも繋がっていたいという気持ちが大半であったが、女が好きな”特別”な関係性を築けば、念願叶ってこいつは俺の事を好きになった。
2年に上がってから、名前は俺に駆け引きを持ち込むようになってきた。そんな事をせずとも既に俺はこいつの事が好きであるが、俺の気持ちはあまり伝わってないのか振り回してくる日々。
こいつにだったら振り回らせるのも悪くないと思ってしまうので余程重症だ。恋は盲目と言うが、これ程とは思って居なかった。
さっさと告白して来れば良いのに、こいつは一向に俺に愛の言葉を囁いてくる事は無かった。まだ俺に気が無いと思っているのかもしれないと思って分かりやすく反応を示す。半分程は素で反応してしまったが、これは使えると逆に利用してやろうと行動で示してみた事もあるが、一向に告白してくる気配は見せない。
俺から告白するだなんて論外だ。男から告白するだなんて格好が付かないし、何より俺のプライドが邪魔をした。さっさと手に入れたいと思って居るのに、この矛盾する気持ちに舌打ちを零しながら、今日も名前に振り回される。
さあ、早く俺に堕ちて来い、名字名前
お前が身動き取れなくなる程、深くまで。