秋の空は青く、どこまでも晴れ渡っている。日焼け止め効いてるといいけど、と遮るものなく降り注ぐ日差しの強さに目を細めて私は周りを見渡した。
薄いクリーム色の地面をたくさんの人が行き交っている。所々の植木には鮮やかな緑色の木々が生えていて、南国を思わせる雰囲気があった。
そして私は正面に目を向ける。前方に見えるのは大きな建物。透明なガラスの自動ドアでは絶え間なく人が出入りしていた。

ここは沖縄の某有名な水族館。
修学旅行の最終日、私は一人みんなと逸れていた。

こんなはずではなかったのに。私はため息をついた。
そもそもこの修学旅行は散々だったと思う。
秋だから仕方がなかったのか、なんと修学旅行の予定がほとんど先日の台風の影響で潰れてしまった。なんとか最後の今日だけは台風一過で快晴となり、予定通り水族館に来ることが出来のだけど。

せっかく沖縄まで来たというのに、宿泊先のホテルに缶詰だった生徒たちは解放感と喜びのあまり行きのバスではしゃぎまくった。降りてからもずっと騒いでいた。あまりの空の晴れやかさになぜか泣いている人もいた。その中で私も、今日という日を満喫しようと心を弾ませていて。
バスから降りて点呼を取り、その後は基本班行動となる。班で集まって早速水族館に行こうとなって、クラゲ楽しみだね、とかペンギン見たいね、とか色んなことを友達と話していた。
そう、そこまではよかった。

水族館前の広場のような所まで来て、そこで私は誰かが空へ飛ばしてしまったイルカの風船に目を留めた。そこで自然と足も止めてしまう。ふわふわと高く高く飛んでいく風船に、うわぁ可哀想、なんて呑気に他人事のように考える。そして友達にその風船のことを言おうとした。のだが、隣にも前にもどこにも友達はおらず。

あれ、と思って慌てて辺りを見回すと、既に班の人達は先へ歩いていた。まさかの今の一瞬で置いて行かれたのか、と私は小走りでみんなに追いつこうと足を踏み出す。

「わっ!」
「!?」

踏み出した、その足の先で、小さな男の子が派手に転んだ。びっくりして体が固まってしまう。
別にぶつかった訳では無いけれど、さすがに目の前で転ばれるとちょっと気まずい。
「大丈夫?」としゃがんで声をかければ涙を滲ませた目でこくりと頷いた。泣くのを我慢しているようでちょっと痛々しかった。

幸いにもどこか怪我をした様子はなかったので手を引っ張って立たせてあげる。と、その子の親らしき人が駆け寄ってきて謝罪と感謝をされてしまった。特に何もしていない、というか本当に目の前で転ばれただけだったのでひたすら「いえいえ」とか「そんな」とかを繰り返して、ぺこりとお辞儀をしてその場を去った、んだけど。
少し歩いてからハッとして辺りを見た、その時には班の人達の姿は既に見えなくなっていた。
そして冒頭に戻るわけだ。

まさか初っ端から逸れるとは。私は再びため息をついた。館内で逸れるならまだしも、私はまだ入ってもいないのに。というかどうして誰も気づいてくれないんだ。さっきまで一緒に話してたはずなんだけど、余程みんなテンションが上がっているのか。
今から追いかければ間に合うのだろうけど、なんとなく置いていかれたショックがあった私はゆっくりと歩き出した。いいし、どうせなら一人で満喫してやるし。みんな私の事なんて忘れて楽しんじゃえばいいんだ。

不貞腐れながら人の流れに沿ってドアをくぐって中に入る。ちらほらと視界に見える学校の生徒たちを気にしつつ、予め持っていたチケットを係の人に見せて館内に進んだ。

すると感じたのは、肩を叩かれたような軽い重み。
あれ、と振り返って、そこに居た人物に目を見開いた。

「花宮……?」
「最初っから一人で勝手に動くんじゃねぇ」

「バァカ」と特徴的な眉を寄せて不機嫌オーラを放つのは、クラスメイトの花宮だった。

「探しに来てくれたの?」
「当たり前だ、同じ班だろーが」
「いや、そうなんだけど……他のみんなは?」
「先行かせた」
「えっ」
「誰かさんのせいでショーに遅れたら困るもんなぁ、誰かさんのせいで」
「二回も言わないで!」

「私だって好きで置いてかれたわけじゃない」と反抗する私を嘲笑う花宮は楽しそうだった。本当良い性格してるよね。全くもって褒めてないけど。
それより先程からなんだか距離が近い気がする。気のせいかな。通路脇で向かい合って話す私たちの間にはほとんど空間がないように思えるんだけど。
それとなくそれを伝えてみたところ、

「この人混みじゃお前、すぐ迷子になるだろ」

と鼻で笑われた。コイツ今日私の扱いがいつもより酷くないか。いくら去年からの仲でも私だって傷つくぞ。
そう思ってじとりと花宮を見上げて睨むも華麗にスルーされた。携帯で時間を確認した後、視線をこちらにやり「急げば追いつくと思うけど?」と尋ねてくる。なんとなくその目に有無を言わさないなにかを感じつつ、既にめんどくさくなって来ていた私は息を吐いて言った。

「いいや。ショーも別に見なくても平気」
「なら、適当に見て回るか」
「あ、うん。……ん?」
「なんだよ」

さっさと歩き出そうとする花宮について私も足を動かして、そこでぴたりと止まる。ちょっと待てよ。
私、花宮と二人で水族館回るの。

班のみんなを追いかけないとはつまり、そういうことだ。花宮は私から離れる気もないようだし、このまま二人でしばらく行動することになる。ちょっと、だって、いや、そんなのって。

「おい、名字。聞いてんのか」
「あっ、ごめん、なんでもない」
「ッチ、行くぞ」

歩き出した花宮に慌ててついて行き、並んだ。
周りの人の声も足音も、全ての周囲の音が遠くから聞こえてくる気がする。
心臓が内側からくすぐられている気分だ。

だって動揺しないわけが無い。
片想いの相手と、実質水族館デートだなんて。



花宮は一年の時からのクラスメイトで、あるオンラインゲームを通して仲良くなった。細かいきっかけだとかそういうのは忘れてしまったけど、彼の裏、というか素を知れるほどには仲良くなったと思う。

私と違って向こうは忙しい人だったから、いつも一緒にやっていた訳では無いけれど、それでも暇があれば通話してひたすらゲームをしていた。そうして会話の量が増えれば自然と性格もわかってくる。早々に被っていた猫を捨てて堂々と敵に暴言を吐くようになってから、あの優等生の花宮真は作り物だったのだと知った。
そんな感じで仲良くなったわけだけど、私はどうにもその過程で彼に惚れてしまったらしい。

正直いつからかはわからない。気がついたら好きだった。でも自覚したからといって特に初心な反応をすることも無くて、普通に話せるしゲームもできる。まあ時々花宮のことばかり考えてしまってどうしようもなくなる時はあるけど。
幸いにも上手いこと隠し通せているようで、私たちの関係はまだ友達のままだ。あわよくばと思うことがない訳ではないけれど、今の関係が良いと思っているから自分から動こうとは思わなかった。
別に、嫌われるのが怖いからとかじゃない、決して。

花宮真はそんな感じで私の好きな人なわけだけど、そんな人と水族館を二人きりで回って、身が持つかと言われたらまあ、持たない。
広い館内を全部ではなく一部周り、別に建物のあるウミガメやマナティの方を見に行って、一度外に出て適当に昼食を取り、午後また水族館に戻る。
割と動き回っている中で表面はいつもの私だったけど内心は常にバックバクだった。何度死ぬと思ったか分からない。
一方花宮は今日も今日とて通常運転で、人の揚げ足を取っては笑ってくるのだけど。ほんと最低。なんで好きになったんだろう。
でも、薄暗い館内でさりげなく段差の少ない方に誘導してくれたり、私の見たい方へ文句も言わずに行ってくれるような、たまに見せる優しさが好きなんだ、きっと。

お昼のあと、再び水族館に入って、クラゲの水槽の前を他愛もない話をしながら二人で歩く。私たちは完全に班と別行動していた。今更合流するのも面倒だし、花宮といられる分にはむしろいいんだけど。
ちら、と隣の花宮を目だけで見上げる。コイツは何も思わないのだろうか。仮にも女子と二人きりなのに。
いつもと変わらずに接してもらえていることで安心する反面、それがちょっと悲しかった。

そうして複雑な気持ちを抱えたまま進んでいき、大水槽の前までやってきた。壁一面がガラス張りで、向こうを埋め尽くす大きな青はとても澄んでいる。
様々な種類の魚たちがその中を悠々と泳ぎ回っていた。海に比べればここは狭い世界のはずなのに。

「すごいね」
「ああ」
「なんかあれ思い出さない?水の惑星のステージ」
「そういやそんなのあったな」

こんなところでもゲームの話題をしながら大水槽を二人並んで眺める。平日で元々人が少ないからか、私たちのように足を止めて見ている人はまばらで、一瞬だけ、海の中で二人だけになったような、そんな気がした。

マンタがひらひらと上から下へ降りていく。小さな魚の群れが奥から一勢にやってきて、他の魚を巻き込んで散らばったりまとまったり。
そんな自由な魚たちの間をゆっくりと泳いできた一匹のジンベエザメが、目の前をなめらかに横切った。

「綺麗だね」
「そうだな」
「本当に思ってる?」
「思ってる」
「ふーん、そうは見えない」
「オレの好きな場所忘れたのかよ」
「……地底だっけ」
「海底だ阿呆、間違えんな」

なんて横暴な奴だ。私は横目で花宮を睨んだ。
そういえば、花宮が選ぶゲームのミッションは大体海底のステージが多かった気がする。沈没船とかそういう類のを攻略したり、なんだかんだ言ってコイツも海が好きだったことを今思い出した。どうやら私の頭は上手いこと回っていないらしい。

「お前は、」

と、花宮はそれだけ言って言葉を切った。続きが来るだろうと思っていた私は、その様子を不思議に思って彼の顔を見上げる。真っ直ぐ水槽を見ていたその目がすっとこちらに向けられた。目が合う。

「お前は好きなのかよ」

うん、と即答して頷くはずだった私の首は、石みたいに固まって動かなかった。聞いてきたのは向こうなのに、花宮の目が私を捕らえて離さない。
間違いなく海のことを聞かれているはずなのに、それだけじゃない気がして私は何も言えなかった。ううん、多分気のせいじゃない。なにか、含みがある。
じゃあ何を聞かれているのか。それは聞けなかった。
なんとなく、わかりたくなかった。

見つめあったまま互いに沈黙する。周りの静かなざわめきの中で、私たちだけが浮いているようだった。
その狭い静寂の空間を壊したのは、私でも彼でもなく。

「あ、いた!二人とも!」

聞き覚えのある声にハッとして振り向くと、小走りで駆け寄ってくる誰かが見えて、それはすぐに同じ班の子だとわかった。
二人揃って一瞬呆けてしまって、それからお互いの状態を思い出してどちらからともなく距離を開けた。

「全然会わないからさ、どうしようと思って。二人とも携帯見てくれないし……もうあと1時間くらいで集合だから、探してたんだよ」
「そ、うだったの。ごめん、気づかなかった」
「オレも全然気づかなかった。ごめんね」

気づかなかったというよりは気にしていなかった、の方が正しいのだけれど、そんな事はもちろん言わない。すると秒速で猫を被った花宮が「他のみんなは?」とにこやかに尋ねた。相変わらず上手く生きてるな、となんとなく白い目で見てしまうのを隠しつつ班の子の言葉を待った。

「向こうにいるよ。最後にマナティ見に行こうってなってるんだけど、平気?」

それを聞いてつい数時間前の記憶を辿ってみる。マナティは確か午前中に一度見に行った。でもまあもう一回見ない理由もないしいいかな、と私は頷こうとする。
その直前で花宮がいい笑顔のまま言い放った。

「オレたちはもう見たからいいかな」

私が思ったのとは違う意味のいいかな、を告げた花宮。「え」とそちらに顔を向けて驚きをあらわにすると、黙ってろという目で静かに制されてしまった。
すると、

「だからさ、」

突然片手を掴まれた。
びっくりして思わず大きく体を揺らしてしまう。バッと隣の花宮と手を交互に見やる。紛れもなく花宮の手が、私の手を掴んで離さなかった。

「ちょっとそっとしておいてくれるかな」

「ちゃんと集合場所には行くからさ」と、眉尻を下げつつも相手に断らせない笑みを浮かべて花宮が言う。
一連の流れを呆然と見ていた彼女は状況が上手く理解出来ていないようだったけど、花宮のオーラに押されてコクコクと何度か頷いていた。

私はただ目を丸くして花宮を見ていた。コイツいったい何がしたいの。
そんな私には目もくれずに「ありがとう」と微笑んだ花宮は、私の手をしっかり繋ぎ直した。

「じゃあ行こうか名字さん」
「えっ」

そしていきなりその手を引っ張って歩き出した。そうされるともう私にはついて行く選択肢しかなく、ぽかんとこちらを眺める彼女と前を行く花宮の後ろ姿に交互に目をやりつつ、されるがまま足を動かした。
ほんとに、これは、どういうことだ。

繋いだ手がこれでもかと言うほどに熱い。もちろん顔も熱い。クラスメイトに見られたらどうしようとかそんな心配はできても、そのために周りを確認するほどの余裕は無かった。
視線を足元から少し上げてみる。繋がれた手が見えた。もう少し上げてみる。見えるのは、前を行く花宮の背中。完全に前を向いてる彼の表情は、後ろからだと全く伺えない。
ねえ、今、どんな顔してるの。

水族館を出て外を歩く。さっきまで高かった陽はだいぶ傾いていたものの、それでも日差しの強さを感じる。日焼け止め、もう落ちてるかな。でも今は日焼けよりもこの熱による顔の赤さが気になる。向こうも私も一切喋らないから、余計に。

そのまましばらく歩いていたら、突然花宮の足が止まった。必然的に私も止まる。ただ腕を引かれるがままに歩いてきたので周りを全く見ていなかった私は、一瞬思考が追いつかなくて瞬きを何度かした。
目線をついと前に持っていく。

「……海?」

足元に伸びる焦げ茶のデッキが白いフェンスの先からはすっぱりと切り取られていて、その先には少しの木々と広がる海が見えた。傾いていく太陽の光に海面が反射して真っ白になっている。海だ。沖縄に来てから嫌という程見た、海。
なんで海。
なぜここに連れてこられたのかさっぱりわからずに私は首を傾げた。と、私の前で同じく海を眺めていた花宮がこちらを体ごと振り返った。
やっと見えた表情は、よくわからないものだった。

「全部お前のせいだ」

そして唐突に責められた。

「……え?」
「寝る間も惜しんで色々考えていざ結果がこれか。ふざけんな。お前の行動は全部想定外すぎんだよふざけんな。何一つ上手く行かねぇじゃねぇか」
「は、花宮……?」

どうしたのコイツ。
私が何か特別しでかしたというわけでは無さそうで、私の今日の行動全体について不満があるようだった。そんなことを言われても、と言い返したい気持ちをぐっと堪えて私は花宮に問いかける。

「花宮、ちょっと」
「なんだよ」
「えっと、」

じとりと睨むような目と目が合った。なぜかそれで体が固まってしまい二の句がつげなくなってしまう。それに加えて、まだ手を繋いだままだったことを思い出して、再び顔が熱くなった。

「言いたいことあんならとっとと言えよ」
「いや、その」

近い距離が更に詰められる。私の頭の中はパニック状態だった。なんでこうなった、とかなにこの状況、とかそんなことで頭がいっぱいになって何も考えられない。聞きたいことは沢山あったのに、その全てを忘れてしまったようだ。

うろうろと左右に揺れながら視線が自然と下がっていく。言葉にならない声をいくつか零して、自分の足先が見えたところでぎゅっと目を瞑った。

『お前は好きなのかよ』

そこでなぜか、先程の言葉を思い出した。
大水槽の前で、目を合わせて、なにかを含ませて目の前のこの人が言った言葉。
私はなにか返したっけ。いや、返していない。うやむやのまま、答えはまだ私の中にしかない。

修学旅行というのはなんとなくテンションが上がるものだと誰かが言っていた。そのせいということにしよう。もう、どうにでもなってしまえ。

目を開いて勢いよく顔を上げる。あまりの速さに花宮が少し身を引いたのがわかった。そんな事は気にも留めず、私は繋いでいない手で彼の空いている手をがし、と掴んだ。
これで両手を繋いで向かい合った状態になる。そんな私の突然すぎる行動にちょっと驚いた様子の花宮に、ぐっと身を乗り出して言ってやった。

「好きだよ」

顔と手だけじゃない。全身が熱い。
それでも一度言ってしまえばあとは勢いだった。

「私は、ずっと好きだったよ」

しっかりと彼と目を合わせてはっきり言った。もうごまかしもでたらめも効かない。
心臓がとんでもなく暴れ回っている。伝わったのかどうか、それだけが心配で、硬直してしまった花宮の次の言葉をじっと待った。

花宮はしばらく動かなかった。そして数十秒だか数分だか、わからないけれどそれくらいたった時、ようやくゆるゆると頭を動かした。開きっぱなしだった目を一度ゆっくり閉じ、下を向いて「はあぁぁぁ……」ととてつもなく長いため息を吐いた。

「バカだな」
「えっ」
「取り返しのつかねぇバカだ」
「えっ」
「ふは、間抜け面」

そして突然私を貶したかと思うと、顔を上げて気が抜けたように笑った。初めて見る笑い方だった。
ついていけない私をよそに花宮は続ける。

「全っ然気づかねぇし、鈍いにも程があるだろ」
「あの、花宮?」
「いや、その点に関しては何も言えねぇか」

何この人ひとりで喋ってる。
いくら呼びかけても全く私の話を聞いてくれそうにないので、私は思い切り手をぐっと下に引っ張った。言ってダメなら実力行使だ。
がくんと花宮の上半身が下がる。目を丸くした花宮のその隙を狙って私は背伸びをして、

「えいっ」
「……ってぇ!」

思い切り頭突きをかましてやった。

「テッメ、何しやがる……!」
「……いたい……」

あまりの痛みにお互いに手を離し額を押さえる。自分からやったくせに普通にものすごく痛かったので、私はその場にしゃがみこんだ。めちゃくちゃ痛い。
「何考えてんだよ」と片手を額に当てて鋭く私を睨みながら花宮が言う。だって、と私はおでこを擦りながら抗議した。

「なんか一人で喋って話聞いてくれないし」
「だからって頭突きは無いだろバカか」
「手塞がってたからしょうがないじゃん……」

痛みが治まってきたので、私は立ち上がって花宮に向き直る。衝撃によって少し頭がスッキリしたのか、さっきは言えなかった言いたいことが山ほど出てきた。

「いきなり手繋ぐし勝手に連れてきちゃうし、意味わかんない質問してくるし、急に責めたり貶したりしてくるし、私はすっごい死にそうなくらいドキドキしてんのに花宮全然普通だし!」

「告白したのに返事すら来ない」と両手で顔を覆って泣く真似をしてみる。びっくりするほど全く涙は出てこなかったけれど気持ち的には大号泣したかった。
そうだ、コイツは言わせておいて肝心の自分の気持ちを言っていないじゃないか。今更「あれは海のことだ」とか言われたら助走つけてぶん殴ってやる。絶対そうって、確信を持って私は言ったんだから。

頑なに動かずそのままでいれば、前から小さく息を吸う音が聞こえた。

「好きだ」

その三文字に耳を疑う。

「お前が、好きだ。……ずっと前から」

今度こそ、それが本当だとわかって顔を上げた。
それでも確かめずにはいられなくて。

「うそ」
「嘘じゃねぇ」
「ほんとに?」
「そう言ってんだろうが。じゃなきゃ一日お前を連れ回したりしてねぇよ」

いつもと表情は変わっていなかったけれど、黒い髪の毛から覗く耳の端が真っ赤になっているのが見えて、それがうつったみたいに私の顔も熱くなった。嘘じゃないんだ。私たちは、お互いに。

「えっと、色々と聞きたいんだけど」
「……一度しか言わねえからな」

それから花宮はいくつか私の知りたかったことを教えてくれた。そもそも花宮は今日、私と二人になれるように色々と考えていたらしかった。それが初っ端から私が一人で逸れて結構焦ったらしい。その後上手いこと班員を言いくるめ、私を見つけた。結果的に二人で回れることになったのは良かったとだんだん声を小さくしながら言っていた。

「それと、全然普通じゃなかったっつの」
「え、そうなの」
「当たり前だろ。隣にいる相手をどうやってオトすか考えてんだ。二人っきりで歩きながらな」

じゃあ花宮も実は心が大荒れだったわけだ。二人して何をやってるんだか。なんだか滑稽で笑ってしまった。
そこでふとある事が気になって、ねえ、と一拍置いて尋ねてみる。

「そういえば、ここどこなの?」
「広場」
「それはわかる」
「……時間ギリギリか。まあ間に合うだろ」

時間を確認した花宮の言ったことの意味がわからず、私は首を傾げた。どういうことなんだ。
と、花宮は「見ろ」と海の方を指さした。

「……う、わぁ」

これから沈んでいくであろう太陽が、鮮やかなオレンジ色を放っていた。暗くなった青の水面に一筋の光の道が生まれている。綺麗な、夕焼けだった。

「見せたかったの?」
「夕陽の広場なんて言われちゃあな」

ぶっきらぼうなその言葉さえ、今は魔法にかけられたみたいに愛しく思えてしまう。コイツ、こんなにロマンチックなやつだったのか。
色んな感情がない混ぜになる。その大部分を占めるのはもちろん、嬉しさだった。

「ねえ花宮」
「あんだよ」
「綺麗だね」
「そうだな」
「そこはお前の方が綺麗だ、とか言おうよ」
「ふはっ、死んでも言わねぇ」

前言撤回。全くロマンチックじゃなかった。
まあでもそれが花宮だし、いいか。
橙に照らされる海を並んで眺めながら、どちらからともなく手を繋ぐ。それから集合時間ギリギリまで私たちはただ海を眺めていた。



かくして付き合うことになった私たち。
実は二人でいる様子を見られていたり、私たちを呼びに来た班の子があれこれ話したり、まあとにかく色々あった。そんなわけで今後の学生生活がとても騒がしくなったわけだけど、これが案外、悪くない。