人という存在に、完璧な者は居ないだろう。綾辻行人は己の監視役である女を見つめながらそう思った。
その女というのはまるで西洋人形のように見目麗しく、街中を歩いていれば大体が振り向くような容姿をしている。少し、否だいぶ感情を表に出すのが苦手なのか表情が動かない所も愛嬌だと云える程には整っており、通称コレクターの異名を持つ綾辻はその見た目にとても心擽られる。彼女に人形の洋服を着せれば映えるのだろうと考えない事は無かった。実際服を押しつけた事もあったのだが、仕事中だからとピシャリと撥ね除けられた。まあ善い、予想の範囲内の反応であるしまだ機会が無い訳でも無いだろう。もう少し好感度が上がれば或いは。
彼女の善い所は外見だけではない、頭脳もだ。矢張り異能特務課に在籍しているだけあって一般的な人間よりかは随分賢い。並外れたような頭脳という訳では無いが、1度教えた事は大抵覚えるし元々の知識も豊富だ。会話をするにしても相手に合わせる為に頭を使わなくても善いし、稀に予想外の反応を示すので特に飽きもしない。ただ、お互い言葉が少ない為話題が膨らむ事が無いのだが、特に沈黙が苦痛という訳でも無い。そもそも、気を遣う気は更々無いが。
それなりに器用である彼女はきっと仕事でも発揮しているのだろう。報告書を書き上げる姿を見ていれば打ち込み速度も速いし迷いが無い。まあ、一般より優れていなければ特務課などに配属されていないだろうから彼女のスペックの高さは窺い知れる。
一歩後ろを歩くような大和撫子のように見えるが、ただのマイペースな人間で稀に振り回される事もあるが、基本的には素直な人間だ。性格に難があるという訳でも無い。
掃除、洗濯といった家事も一通りこなせる彼女を完璧人間だと思うだろう。綾辻自身、稀に錯覚してしまう程一見欠点など無いだろうと思われる彼女にも、それはあった。
「…理由を聞こう。何故耐熱皿に水と卵を入れた?」
「簡単に茹で卵が出来ると思ったからです」
どことなしか得意げな雰囲気を出す彼女の頭に容赦無く手刀を入れた。彼女は頭を押さえながら意味が分からないと云った雰囲気でこちらを見つめてくるが、まずこの大惨事を目に入れて欲しい。
数分前、綾辻が本を読んでいた時だった。文字を目で追いながらコーヒーが入ったカップを片手に持ち口を付けようとした瞬間、ドンッと物凄い破裂音が背後から鳴った。特務課が発砲でもしたのだろうかと音の原因を探ろうと本を置き後ろを振り向けば、大惨事となった台所が目に入った。
10分タイマーを入れて爆発したレンジには卵を煮えた湯が飛び散り一部は床にも散乱、皿は爆発の衝撃によりレンジから飛び出しそのまま床に叩き付けられ木っ端微塵と化し、辺りに鋭利な破片として飛び散っている。
そう、彼女は破滅的に料理が出来ない。最早常識など通用せず、料理の知識はあれどそれを全く身に付かない。それなのに彼女は自信満々に台所に立つのだ。ちなみに、これまでも2度程卵を爆発させた事がある。
最初はそのまま卵だけをレンジに入れて爆発させた。
2度目は鍋に水を入れて茹でるのだと教えればボウルに水と卵を入れて爆発。何でこうしたのかと問えば「出来ると思った」と云う。
そして今回、耐熱皿を使って同様に爆発。こいつは莫迦だ。莫迦以外の何者でも無い。
「10分は長かったですか?」
「そうじゃない。お前はもう台所出禁だ」
「そんな」
当たり前だ。包丁を使わせれば振りかぶって野菜を切って床に飛ばし野菜を無駄にするし、湯煎を教えた所で水が沸騰してるか未だに分からないと毎度不安な言葉を零している。フライパンが熱されたか分からないと手で触ろうとした所を目撃した時は肝が冷えた。せいぜい出来る事は道具も何も使わないレタスやキャベツなどの葉菜類を手で千切ること位だ。それ以外の目的では一切台所に立たすどころか近づかせすらしたくない。否、させない。
少し気落ちしてる雰囲気を醸し出す彼女と共に、卵や水、皿だった物の残骸を片付けるのであった。
→