ゆめのなか
多分これは夢の中。頬を抓っても痛くないし、歩いていても疲れないから。明晰夢ってやつだ。そんな風に暫く道無き道を歩いていると、見覚えのある人影を見つけた。
「オベロン!何してるの」
「何も。呼ばれたから居るだけさ。俺の森に俺が居るのは当たり前とも言えるけど」
「えっ」
俺の森。ここは私の夢の中では?と瞳を瞬かせたけれど。彼がそう定義した瞬間に、もう一度瞳を開いた時に。周りが秋の森へと姿を変えていた。いいや、オベロンの怪訝な顔を見るに元からそうだったのかも知れない。ふやけた頭では気付けなかっただけで。オベロンは「呼ばれた」と言っていた。彼の言葉をその間飲み込んでしまうのは悪手だけれど、まあ多分マスターの夢にサーヴァントの記録が混ざってしまうあれなのかな。初めての体験だ。
「じゃあ暇なんだ」
「そうだとも」
「それなら私と話そうよ、私が起きるまでは多分出れないんでしょ?」
「起きる努力をして欲しいんだけど」
「……まあ、ほら、さ。積もる話もあるじゃん」
「俺には無い」
酷い。ユアには彼と話したい事が沢山あるというのに。今日食べたご飯が美味しかったとか、二人の事とか、…彼の在り方とか。
「…はあ。紅茶にミルクは?」
「!お願い!砂糖は無しで!」
オベロンが指を鳴らせば何も無かった空間にテーブルとティーセットが現れて、夜のお茶会の始まりを告げる。彼が魔術を使うところが私は好きだ。かっこよくて、綺麗で、きらきらしてるから。彼に伝えたらまた怪訝な顔をされるだろうから、胸に秘めておくのだけれど(恥ずかしいのもちょっとある)。
「さあ、それで。話したいコトとやらを言ってみろよ。大体分かってるけど」
「なんで?!ええ〜……だから、その……今日はオベロンについて考えようのコーナー!」
「は?」
何言ってるんだ私は。言いたいことを簡潔に纏めたら確かにそうなるかも知れないけれど流石にこの空気でそれは無いでしょ。──オベロン・ヴォーティガーンは、妖精國の意思で産まれたサーヴァントだ。だからユアとの契約が切れればその存在は無かったコトになる。奈落で落ち続けるコトさえ出来ない。私の記憶からだって。終末を成し遂げた彼からすればこれは蛇足で、もうどうなろうがどうでもいいのかも知れないけれど。結構、考えてしまうのだ。
「…君はこうやって、私の夢に迷い込んで時間を潰していいサーヴァントなのかってこと。私はそれこそ、『ああよかったな、めでたしめでたし』って本を閉じてしまう人間だよ。君との今だって、いつかそうするかも知れない」
「またその話〜?いい加減聞き飽きたんだけど。そもそも俺に聞いたってどうにもならないよ。俺のコトは分かってるんだろ。なら、結局これはきみの自己満足だ。ここで俺がきみこそが運命だ!なんて言って満足出来るのかい?」
「そんな訳ないでしょ。でも!私はティターニアじゃないし、君の隣で踊ってやる事も出来ない」
臆病で、不器用で、覚悟が無いから。ぐるぐる、ぐるり。ミルクと紅茶で作られたうずまきが、静かにこちらを見ている。
「その自信の無さはどこから来たんだか。いつも通り、何も考えず能天気に笑ってたら楽だろうに」
「ひどくない?!だって本当の」
「いつ、誰が。きみがティターニアじゃないなんて言った?」
「…え、」
「きみがティターニアか、そうじゃあ無いのか。そんなコトはどうだっていい。遠い先のコトを考えても意味が無い。『きみの運命は俺で、きみの救いは俺』、そうなんだろ?ならそれでいいじゃ無いか。…俺の結末を勝手に定めてくれるなよ、マスター。」
オベロンはそういう風に決まっているから、紡いだ言葉は捻じ曲がる。彼に本当の言葉なんて存在しない。
「ああ、そうだ!試してみたらいいんじゃない?」
「何を?」
「きみが踊れるかどうかさ。───お手をどうぞ、レディ?」
「こ、ういう時はどうしたら正解なんでしょうか…」
「ムードもへったくれも無いな。澄まし顔で手を取ればいいんだよ」
「さあ、もう満足しただろう。そろそろ夢から覚める時間だ。朝のひばりも鳴いているよ」
「うん、…うん。ありがとう、オベロン。私の愛しいサーヴァント。今日もまたよろしくね」
これはひとときのゆめ。きっといつか忘れてしまうまぼろし。少しでもこのひとを忘れたくないと、そう思った。