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灰色の日常だった。
この空間に青い春の訪れを風が届けることもない、秋の茶色に並べられた墓石のような景色。
誰かは緑の黒板を眺めて書き記すのだし、誰かは下を向いて手元の画面を眺めるのだし、誰かは誰かと話すのだし、誰かは突っ伏している。
6歳からの計10年間、変わることがない。後2年はこのままだ。歴史というのは酷く、ゆっくりと呼吸を浅くしていくようだと、低酸素のように窓の外を眺める。
一学年上の赤色のジャージを着た生徒達が体育の授業をしている。一番足が速い先輩。
彼は俺を知らないだろうけど俺は先輩をこうして眺めてばかりいるのだ。
名前も知らないあの先輩の短髪が靡くのも、肩を叩く先生に手首のストップウォッチを止める爽やかなストイックさと笑顔を追っている自分に気付いたのは、わりと最近だった。
赤ジャージは2年生、何組なんだろう。きっと陸上部だ。
また走り出す、綺麗なフォームも格好いい。何より、気持ち良さそうに走っているのが見ていて爽快だ。
1週、2週目は軽く凪いでいて3週目から少しスピードが出る。背も少し高いんだな、あの先輩。
俺もぼんやり教室の時計を確認する、あと5分で授業が終わりそう、そろそろ号令が掛かるだろう。
ぼんやりとまた眺めていたらふと、その高い背がガクッと低くなって転んでしまった。
はっと息を飲み込みそうになる。
そして凄くドキドキして、あの先輩は大丈夫なんだろうかと思っていれば、意識を戻すようにチャイムが鳴った。
「はい、今日はここまで。号令」
反射的に先に立ち上がってしまって「まだ早いぞ志波」と、白髪先生に言われてしまった。
学級委員の相田さんがそれも気にせずに「起立」と号令を掛け、令をして終わる。
先輩は先生に肩を借り足を引きずり、多分、保健室に向かって行った。
「志波、どーしたの?」
相田さんの声が目の前で聞こえて終わってしまった。
「あ、いや…」
まわりを見ればもう、授業は解散している。俺はそれでも立ちっぱなしなようだった。
「何眺めてたの?」
指摘されなんとなく視線を落とせば膝上のスカートが目に入り、「いや、なんでもないよ」と顔を見れば、心配そうな表情の学級委員がいた。
すたんと座っても太ももが近いけど、相田さんは休み時間で空いた前の席に座り、「めちゃぼーっとしてるけど」と続ける。
「授業聞いてた?ちゃんと」
「うん、まぁ…」
「まぁいいけどさ。次移動教室だよ」
「あ、そうだっけ」
「そう。理科」
相田さんはヒラヒラと理科の教科書とノートを翳す。
教えてもらった事に「ありがとう」と伝えると、「おい梨花!何してんだ早く行くぞ!」と相田さんを呼ぶ男子の声に「今行くー」と、相田さんは席を立って駆けるようにドアへ向かった。
「志波も早くね」
相田さんの先にいる、ネクタイ緩め、ズボンも少し下げ気味な男の子は相田さんの肩を抱き、俺に舌打ちでもしたいような表情だった。
ふいっとそっぽを向き、二人で教室を去って行く。
「お前あいつのなんなの?」
「友達だよ、大体あたし学級委員だし」
そんな会話が聞こえて気まずい。
確かに相田さんとはよく話すけれど、俺は友達になった覚えはない、だがじゃぁ何だ?と言われれば友達、が一番近いのかもしれなくて。
悪いことをしたな。
引き出しから理科の教科書とノートを探し出す間も先輩の足を引きずった姿を思い出してしまった。痛そうに、それでもまだ笑顔だった先輩に切なくなってしまう。
思い出したら心配になってきて、でも気になっても互いに知らないのだしと溜め息が出た。陸上で足を痛めてしまうのはどれほどの期間、走れなくなるのだろうか。
教室に誰の気配もなくなってしまった。授業開始まであと二分。廊下も静かになってきた。
やっと教室を出て曲がり廊下の手前に差し掛かると、トイレの前に相田さんと彼氏が向かい合って立っていた。
壁に凭れていた相田さんと目が合う。相田さんが「ちょっと、」と彼氏に言えば振り向かれた。
彼氏と目が合うけれど、ふいっとまた相田さんに向き直り、その場でキスをし始めるのだから、気まずくて立ち去るしか出来ない。
なんだか悪意もあった気がする。
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