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…完璧に面白がられているな…。
いや、そうでもないのかもしれないけれど。
南沢が「ふぅ、」と一息吐いて喜多の椅子に座った。
カルテを開こうとしているのだろうが、なんだか落ち着かないようだ、と思えば最早諦めたように腕組をして対峙する。
「…まぁ、面倒なことは終わってしまったね」
「…嵐のようでしたね」
「ホントにな。全く碌な知り合いがいない…」
そう言いつつ南沢は漸く、なんだか子供のような笑顔で「ははっ、」と笑った。
少しホッとした。
「ホントは前進したのか、わからないけど、確かにスッとしたな、俺は」
「…まぁ、俺もそうかもしれません」
問診の前にふと、雨川は伝えようと思った。
「取り敢えず…あまり変わりはなく。ところで聞きたいのですが例えば付き合ったとしますよね」
「え、切り込んできたね。うん、何」
「俺におっぱいはありませんけど南沢さん」
何も飲んでいないくせに南沢はその一言で呼吸障害かの如く喉に何かを引っ掛け、苦しそうに噎せた。
「き、切り込んで、きましたね」
「いやまぁ…」
「そんなことは、まぁね…」
「おっぱい好きでしょ南沢さん」
「うーんっとねぇ、まぁそうだけどねぇ、そんなことはまぁどうだってよくて…」
ホントにそうなのか?と言う疑いの目を南沢に向けるが、言いにくそうに伏し目になっては「すまん勃った」とぼそっと呟いたのには
「は?」
しかない。
南沢は完全に俯いて「いや、ホントになんだろ…」と言いにくそうだった。
「なんか……うん、やっぱり喜多さんに…」
「えぇ、それやっぱ思ったんですがいいんですかマジで」
「し、仕事じゃん…」
「そりゃそうですけど」
「なんか、俺自信なくてさぁ、」
「はい?」
あのプライドばかりお高いくせに実際小物な南沢がなんということか。科学現象を見る気分。
「うん……、案外俺ってそうなんだよ」
「はあ……」
「もう、拗らせちゃってるんだな…。色々回路も複雑で…」
本当は誰より傷付けたくないくせに、傷付けてみたりしないと確認すら取れないし、瘡蓋は剥がして早く治すんだと言わんばかりだし。
「その…ごめん。どうしてなんだろう」
「……まぁ、はい。そうですよね」
本当は誰よりも、実はすぐにへこたれるというのもこの人には自覚がないんだ。
「まぁ、どうでもいいですかね?貴方が男性であり、義兄とも言い、ネクラで変態で繊細だと言うのはもう前からわかってましたからねぇ」
「ん?」
「自分に対して全てが良くも悪くも過剰でヘタクソ。でもこれは俺もそうだから」
「…はぁ、」
「まぁ、もう少し。そんな感じで緩く行った方が幸せかもしれないと気付きました。見つからないものもあるけど、探せない訳じゃないから」
なるほど。
研究者としても脱帽だが、何よりそうだった。真冬はソラに対しても、自分に対してもずっと、答えを探してくれているじゃないか、と南沢の胸は熱くなった。
「…そうだね。ありがとう、真冬」
「こちらこそ」
「これからも」
「はい、そうですね」
カルテには取り敢えず「祝」とだけ書いておいた。
また今度、開くときには何を書き足すのだろうか。また作る、この記録に。
いつか聞こえた声の先へ。
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