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 自分がどうなったのか、少年だった流星にその大人の事情がイマイチよくわからなかった。

 ただ、なんとなく自分の殻という物を破ったのは事実で、時を忘れるほどにその男、ヒーローである茅沼樹実と共に流星は生活をした。

 流星が思春期を迎え、狭苦しい国に連れて行かれて。何を学ばされたのかもイマイチわからぬまま時は過ぎ行くばかり。
 気が付けば海外のよくわからない大学に進学した頃、流石にそろそろ、と一度人生を振り返ってみても。

 どうにもこうにも思い出す最初の記憶が12歳。あの男のサブマシンガンを抱えたあの背中から自分の記憶は始まるのだ。

 あのとき樹実が言っていた
『一回死ぬって、いいもんだろ。もう一回やってみっか、人生』はどうやら伊達じゃないらしい。本当に多分一回死んでいるんだ。そう思うことにした大学一年、流星には遂に人生の転機というヤツが早くも訪れてしまう。

「は?飛び級?」
『らしいよー。え?お前長官から聞いてない?』

 19歳春。アメリカで一人大学生活を始め、漸く慣れてきた頃にまさかの帰国通知だった。確かに、いつもこの男は突然だ、しかしまだまだ、卒業の二文字からは程遠かったはずなのに。

『そんなゴミみたいなとこ出て早く戻っておいで。明日からは実用訓練。そーゆーガッコーに行くんだよ』

 相変わらず、少し舌ったらずな喋り方で。

「どーゆー…」
『警察ガッコーでーす。ラサール飛び級とか、お前凄いなぁ』
「あ…はは…」

 圧巻するほど無邪気で。

『今から帰ってきたら明日の昼には着くの?』

 信じられないくらい強引で。

「無理」
『じゃぁね、』

 一方的に電話が切れた。
 一貫して変わらないのが。

「クレイジーだ…」

 しかし不思議と樹実は自分の道標にはなっていたので。

「わかったよ、畜生め、」

 やっぱり言うことは聞いてしまう。

 何より警察官という響きは。
 日本の警察官という響きは。

「クソはどっちだ」

 ちょっと燻るものがあった。

「What's wrong?Ryu.(どうしたの?リュウ)」
「Not anything,Mike.(なんでもないよ、マイク)」

 同じ学科のマイクに怪訝そうな顔をされてしまう。彼は普通のラサール生。流星とは去年初めて知り合った。金の短髪、青い目の露骨なヨーロッパ系ネイティブアメリカンだった。

「You look so happy.(嬉しそうだね)」
「Oh, the worst.(あぁ、最悪だ) 」

 チャイムが鳴る。マイクはやはり怪訝な顔をしたまま流星を見て教室の方を促した。

「I gotta go,Mike.(じゃあね、マイク)」

 それだけ言って流星はマイクと教室に背を向けた。

 もうここに通うことはないのだろう。

 そのままその足で荷物をまとめて帰国。アメリカの家を引き払うのも何故かあっさりOK。世の中こんなに簡単なのかと鷹をくくってしまっていた。

 成田空港に来てみて流星は顔面蒼白になる。なんせ…。

「…世間知らずも甚だしいな」

 別室に連れて行かれるという悲運。何故だか自分には検討もつかない。

「まず、これはなんですか」
「タバコです」
「いや、わかってます。貴方はいくつですか」
「19です」
「ダメですよね」
「はぁ…」

 流星は樹実を呪った。
 買ってこいと言われて買ったらこれだ。あと更に、

「拳銃!?」
「はい」
「いやはいって」
「え?何かおかしいですか」
「…まぁ確かにあちらの方は護身用で持ってますけど…。あとこれ」

 睡眠薬だった。

「はい」
「いやあのもう君ね、ナメすぎ」
「あ?」

 いい加減状況やら何やらに気が立ってきていて。そんなときのその税関職員の一言には流石に立ち上がってしまった。

「誰が何をどうナメてるって?」
「なんだ君は。全部だよ全部!」
「あ?何あんた、どこの何者だよ」
「ストーップ!」

 今にもその大人に胸ぐらを掴みそうな勢いの時だった。聞き慣れた声に、一瞬ピクリと肩が上下した。

 声の方を見ればやはり。

「…保護者の方ですか、貴方、」
「はーい、飼い主です。すんませーん」

 樹実が飄々とした態度で空港の別所に現れた。色々、手に紙の書類を掲げながら。

「おかえり流星」
「ただいま…」

 なんだか違和感を覚えた。
そして笑い出すこの男の笑顔にも。

「なんなのお前マジ!ウケるー!ふ、ははははは!」

 厳正な空気の場所で一人笑い声が響いている状況。まさしく。

「You are crazyってこんな時に使うのかな」
「へ?なんだって?」
「なんでもないなんでもない。いいから助けて」
「マジさ、鳩が豆鉄砲ってこれだよね。で、持ってんのグロック。ウケるよね?ね?」

 税関の職員も明らかにこの男のハイテンションに困っている。
 樹実がひとしきり笑った後、「あーはい、これ」と樹実は身分証明書を税関の職員に見せつけた。

「こ、これは…」
「わかった?この子はウチの子なの。だから許してね」
「いや、しかし…」
「えーじゃぁ電話する?多分ウチのボスバカだからお宅らの首飛んじゃうよ?いろんな意味で。
 多分日本語通じませーんとか言って拉致監禁とかにされたりな」
「んなわけ」
「あるんだよー、試してみる?
 今回は見逃してよー。俺の所在がわかったらいい?」

 どうやら一番非常識なヤツが出てきたらしいとその場の雰囲気が一致団結し始めた。

「わかりましたよ、いいですよ」
「ホント?やったー!
 ありがとう、名前聞いときます。後で礼を持っていくので」
「え、いいです」
「…えーっとイワヤマさんね、|成田《なりた》のイワヤマさん。はーい流星、帰るよー」
「なぁ樹実」
「なんですかー」
「ラサールに忘れ物した」
「はぁ!?バカなのお前!?」

 流星が放ったラサールの一言、それに樹実がさっき見せた身分証明書、関税の雰囲気は完全に混沌を極めていた。

「マイクにメールしていい?」
「ダメ。お前これからあっちと連絡取ったら死ぬよ?」
「マジか。じゃぁいいよ」
「ちなみになに」
「え?懐中時計」
「は?んなもん買ってやるから早く帰るよ」
「わかった」
「てかいちいちませてんだよお前!」

 しかもお構いなしに帰ってしまって。
 税関局としてはありがたいが、果たして良かったのか甚だ疑問を残してしまったのであった。

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