11
鉄臭さと、言うならばそこは惨劇の後だった。
少なくとも3名は間違いなく、地面に血塗れで倒れている。壁や床は修飾なく血の海でしかなく。
これを一人でやってのけたのかと、少し、樹実の存在が遠退いた気がした。
そこに生存した樹実が立っていた。
だが、遠かった。
「樹実さん」
「お、あぁ…」
振り向いたその笑顔は血飛沫に汚れていて。終わったのだろうか、煙が登るタバコを漸く持っているように、手をぶら下げていて。
そこら中に吸い殻が落ちている。全て血が染みていた。
「遅かったな」
恐怖と、圧巻。
「随分とまぁ、派手にやられたもんですね」
「あ、あぁ、雨!お前、遅ぇよ!」
そうおどけた口調で言いながらこちらに歩んでくる樹実が少し、非現実的。
樹実を見てただ立ち尽くすばかりとなる潤と流星の肩を、体重を預けるようにして肩を掴んだ樹実は、今度は疲れたように笑い、低い声で囁いた。
「待たせたな」
「樹実、」
ごめん。
その一言が言えたなら。
多分この時に言っていたなら。流星の後悔はこの瞬間なのだ。
それから樹実は二人を離し、先に部屋を出ていく。
入り口にいた雨の元へ歩いて。その時の慈悲のような、少し悲しそうな雨の目もけして忘れることが出来ない。
流星と潤はただ、それから二人の背について行くことしか出来なかった。
「右」
ふと雨が呟くようにそう言った。樹実は瞬時に右に銃を向け、一発撃った。人が倒れる音がした。
「樹実、」
雨が樹実を呼ぶ。その声で、漸く樹実は呼吸を思い出したかのように肩を、少しだけ上下させた。
彼に目もくれず呼ぶ、「雨」と。
「なんですか」
「もしも俺が間違った時は、お前が俺を殺してくれ」
それに雨は返事をせず、溜め息のような吐息を漏らした。息を呑み込めないほどの切迫がそこには確かに存在するのだと読み取る。誰も、それからは何も言えないでいた。
重い空気のまま樹実の背中に全員ついていき、施設から出たとき、雨が降っていたことに気が付いた。
「あぁ、降られたな」
ふと呟く樹実と見慣れた車と。
「さっきのあれですが」
静かな、俄か雨のような声と。
「ん?何?」
それから、お疲れさまと言いながら車から降りて促す政宗に従って、流星と潤は先に車へ乗り込んだ。
「あれ、二人は?」
「もう少し…待ったげて」
「…え?」
「あの二人、ちょっとした旧友なんです」
「…あぁそう」
それから政宗も車に乗り、二人を待った。
雨はのんびりとタバコに火をつけ始める。樹実も、「相変わらずだな」と習う。
「…タバコ、美味しいなぁ」
「お前大して働いてないだろ」
「考えたんですがね、部長」
「なんだよ」
「やっぱり、僕はあなたに償って貰おうと思いまして」
「え、なんだよ」
「色々あるじゃないですか貸し借りが。
3年前のあなたが泥酔したときの飲み代と、あとなんでしたっけ訓練所の時の1900幾らかと、あとあなた、毎回タバコをついでに買いに行かせるとき然り気無くお金を出さないしあとは僕もささやかながら印刷代出してませんしね。あぁ、思い出したら腹が立ってどんどん出てきますね」
「なんだよ、そんなことが言いたいわけ?」
「そうですよそんなことです。
あなたのために何発弾も暴発したか。けど僕は全部一度チャラにしました。あなたに、頼んでもいないのに未来を与えられちゃったんで」
「…なんだよそれ」
「覚えてないなら良いんです。ただ僕はそれから、またあなたとこうして働けて、何より…途方にくれるはずだった潤が、大人になれたから」
「…それは、」
「いいんです償ってください。あなたは背負えないと逃げるので。僕も背負えませんよ、あんたのことなんて。
これが先程の回答です」
「ふっ…」
何口かタバコを無駄にして、だけど、笑ってしまった。
「悪ぃな」
「許しませんよそんなんじゃ」
「うん、ごめん」
「樹実、だからあんたはムカつくので僕のことも、ちゃんと流星くんのことも背負ってください」
それには答えず、ただ、樹実は笑っていた。
多分それが彼の答えだった。
「後処理してくるから、先に戻ってろ」
そう、いつもの調子で彼は言った。だから雨も、「はい」と答えて先に車に乗り込み、そのまま皆と共に帰った。
それから夜、流星から電話が掛かってくるまで、樹実が戻らなかったと知ることはなかった。
『樹実は、なんて』
「後処理してくるから、と…」
『まだ帰らないんですが…』
確かに彼は、その時宗教施設に引き返した。
嫌な予感が頭を過った。あの時の彼に、戦闘能力が残っていたとは考えにくい。
『いままで、本人のケータイにすら繋がらなかったこともなかったし…あいつ、どうしたのかな』
「…樹実から連絡は?」
『何も』
「…まぁ、後処理って言ってたんだし、明日になれば職場にいるかもしれない。取り敢えず君は、今日は休みなさい」
そう言って電話を切ってすぐだった。
雨の元に件の樹実から着信があった。
「樹実、」と、食って掛かるように呼ぶと、「雨」と、憔悴しきった声で樹実が言う。
「あなた、いまどこにいるんですか」
そこから紡がれる真実が、内容が。
「えっ…」
思わず絶句した。
そしてついに、そんな時が来てしまったのかと、雨は雨で悟るものがあった。
「…わかりました」
電話を切り、疲れて寝てしまっている潤の寝顔を見て、胸が苦しくなった。
「ごめんね、潤」
呟きながら、脱ぎ散らかされた潤の洋服を畳んでおく。彼は朝、起きたらどんな顔をするだろうか。
どうしていつもこう、だけどもこうして。
多分それは、出会った時から。彼と出会ってしまったのがよくなかった。結局自分は、彼のスポッターだから。
それからせめて、朝食と置き手紙と、通帳を残して雨は家を去った。
せめて最後くらいは、ちゃんと言いたかった。
- 150 -
*前次#
ページ: