12
眼鏡を外して表情が見えなくなるくらいまで近くなる。自分のネクタイを緩めている速見の指先を見て、あぁ、こいつは人は殺せねぇなとふと潤は思った。
耳元から首筋に伸ばされた左手に一瞬強ばる。これは昔からの癖だ。
そしてこんな時、つまりはキスの最中なんかにこんなことをして来る奴は本当に変態なんだと違うことを考えるようにして、その考えの方が間違えだった。
結構キモいな。てゆうか長えな。酸欠になって死ぬんじゃねぇかこれ。てゆうかしつけえな。やっぱ変態…。
ネクタイはどうやらどこかへやったらしい。空いた右手がやんわりと潤を押し倒しながら潤のシャツのボタンに掛かったとき、少し制した。
「ちょっ…待った…!」
「え…?」
漸く一回動きがストップ。表情もわかる。かなり欲情しているなか申し訳ない。
てか眼鏡を外した顔がなんというか目力ハンパない系だった。
さすが上官。欲情しているからだろうか。思わず潤は笑いそうになってしまったが、「あの、せめて風呂入りません?」の一言でなんとか誤魔化した。
「え?」
「多分俺汗臭いんで…」
「その方が」
「俺あと潔癖なんですっ」
なんつったよ今。マジかよ。たまにいるけどマジかよ。
「あぁ、そうなの…」
「すみません…あとね、シャンプーの匂いとか堪らなく好きなんです、ハイ」
「あぁ、確かに」
どうやら納得したらしい。嬉々として立ち上がり、速見はバスルームに消えた。
取り敢えずまず一息。
なんなんだこの状況。
ふとシャツを見て、てか俺はネクタイしたままなのか。より変態じゃないのか、なんなのあいつ、潔癖じゃなくてもキモいわと溜め息を吐いてネクタイを外した。残っていたビールを流し込む。仄かに冷たい。
いやしかしこれは惨めすぎる。何かしら持ち帰ろうと思い、取り敢えず辺りを見回してみて、速見のジャケットが目についたので、試しにポケットを漁ってみた。
なんだかよく分からない錠剤入りの瓶を発見した。3、4粒ポリ袋に入れてこっそりパンツの右ポケットにしまう。
その辺で速見が戻って来てしまったので、「お借りします」と一声添えて風呂に入る。
もちろん、自分が入浴中に手荷物を漁られては困るので、然り気無く錠剤はバスルームのシンクにでも隠そうかと思いバスルームの扉を開けた。
「なんじゃこりゃ」
思わず呟かずにはいられなかった。
「ははっ。初めて?」
シンクが水槽だった。金魚が優雅に泳いでる。なんなのこれなんの意味があるの。てか誰がどうやって世話すんのとか潤が呆気に取られていると真後ろからピッタリと忍び寄るように抱きつかれた。
そして然り気無くポケットに伸びてくる手と。ヤバイと感じてその伸ばされた手をどうにかしようにも遅かった。もうそれは、彼の手に渡ってしまっていて。
「…これは?」
「…常備薬です」
彼が手にしているものを見て安心した。自分の常備薬をたまたま左のポケットに入れておいた。彼はそっちを取ったらしい。
「…まぁ、不規則な仕事だからね。精神的にも、肉体的にも、辛いことはあるよね」
「まぁ…あの、」
てか、知ってんのかよこの薬。
「わかってるよ。別に誰かに言ったりしない」
耳元に掛かる吐息が熱い。ベルトに手が掛かる。そのまま首筋に這われる舌のざらつきがなんとも気持ち悪いが、ふと鏡を見れば自分の表情も案外まんざらでもない。金魚が泳いでる。
こんな自分があぁ、なんて嫌いなんだろうなと思ったがそう言えば自分は、この手が掛けられたパンツのポケットの中に忍ばせた薬物だろう物体を隠さねばならない。
「速見さん、速見さん」
「ん…?」
「風呂、入らせて」
「あぁ、そうだったね」
再びお預けを食らった速見は、だが案外あっさり離れてにやっと笑い、「楽しみにしてるよ」と残した。
途端に背筋が凍り、萎えた。俺、一体この後どうなるの。相手は多分、ジャンキーだよ。
潤はまず、シャワーを熱めにしてありとあらゆる興奮を脳に詰め込んだ。なんならマスかく勢いだった。しかしそれでは意味がないのでほどほどの興奮に抑えて風呂から出た。
そしてやっぱり金魚にびびった。
やっぱりこれなんか意味があるの。てかここで歯を磨けというの?勘弁してくれよ。つか出てくる水は大丈夫?循環してなんか金魚が泳いだその水とかだったらぜってぇ歯ぁ磨きたくねぇよとか考えて、てかそうだ、シンクに錠剤を隠そうと思ってたんだと思い出す。
ついでだし服を着て、ポケットから錠剤入りのポリ袋を取り出し、引き出しの中に常備されていた歯ブラシセットやその他を出しそこにポリ袋を隠した。こうしておけば速見が引き出しを開けることもないはずだ。
引き出しの中にはもちろんながら金魚はいなかった。どういう構造なのホント。
てかせっかくだしと思って歯磨きをしようと歯ブラシセットを持って、しかしここの水は嫌だ。風呂場に戻ろうとしたら、「どうしたの?」と声が掛かり、びびる。
「いやぁ…歯を磨こうかと…」
「え?」
「だって、なんか金魚いるから…」
「あ、ははは!そうだね、うん」
速見はそこで歯を磨き始めた。気が気じゃない。てかあんたよく平気だな。
歯を磨いて風呂場から出る。髪だけ塗れたスーツ姿の自分が鏡に写るのを見て、よくわからなくシュールだなぁ、とかぼんやりと潤は思った。
「それを着るのは気にしないんだね」
「あぁ、はい…」
もうなんとでも言ってくれ。そこで今髭まで剃ってるあんたもどうかと思うしな。
顔を洗ってスッキリしたのか、ニタニタ笑って「どう?」とか聞いてくる。
「あぁ、いいんじゃないですかね」
「そうか、そうか…」
溜め息が出そうなほどの変態笑顔。溜め息を殺して一息吐き、潤はドライヤーを手にした。それを見た速見はニタニタしながら出て行った。
念のため引き出しを確認すれば、取り敢えずバレていない様子。胸を撫で下ろして髪を乾かす。やはり金魚が気掛かりだ。
乾かし終わって部屋に戻ると、速見がベットに座って待っていた。そうかと思い直して潤は離れた興奮を頑張って頭に詰め直す。
速見は歯を磨いたというのに、残っていたビールを飲んでいた。なんだ、手持ちぶさただったのか。
潤を見て、なんだか優しい笑みを浮かべ、持っていたグラスをテーブルに起きに立ち上がる。我慢の限界だったのか、そのまま潤を促し、一度抱き締めて濃厚な、かなりしつこめの口付けをかましてくる。ビールの味がする。
そのまま押し倒され、片手は絡め取られるように。片手でするすると脱がされていく。しかし脱がせ方がまたしつこい。なんというか、しつこい。
「君、首筋が綺麗だよね」
しかも最中に気付いたが噛み癖があるし、しかもなんか愛撫が無駄に長い。それが嫌になって一度選手交替。体勢を代えて咥えてやるが、
「ふっ…!」
頭を鷲掴みされるし。
だが、「シャンプーの臭いって確かにいいね」とか言われるそれに少し燃えてしまうあたり自分もなかなかキている。
どれだけ頑張っても主導権は握れなかった。自分が上ですら、相手の方がなんか強いし。
そんなこんなで明け方近く。凄く焦れったいプレイのクセに相手は5回以上イく程の超絶絶倫野郎で、最後は正直死ぬんじゃないかと潤は思った。
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