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 朝の空気が酷く重い。時差ボケが治ってきたのはいいが、朝の日差しを吸い込むの肺が少し痛む。

 まだ寝ぼけたままの世界で覚醒する前にタバコに火をつけようとしてふと、ライターが軽いことに気が付いた。

 100円ライターを擦って火をつけた。意外とつかない。いや、俺がちょっと弱気であまり力を入れていないのは分かってるんだけど、ジッポのノリでいったらなんとなく壊れそうで怖い。

 だけど3回目でイライラして思いっきり擦った。単純に指が痛かった。
 忘れていた。買ったばかりのライター、火薬調節が一番強くなっていて危うく前髪を燃やしそうになり、漸く目が覚めた。

 朝日が赤い。そのうち透明なほど白くなるんだ。

 肺に取り込んだニコチンとタールが少し気持ち悪い。日本じゃ、わりと健康志向なタバコだと言われるがそれは嘘臭い。こんなに、一口目から蝕まれているような感覚を味わえるタバコなんてなかなか他にない。

 車が走る数少ない音、目覚め始めた鳥の声、少し湿った風の音。

 あぁ、ここは平和だ。
 ここは、なんて静かな場所《ところ》なんだろう。

 草木の切迫した悲鳴も、砂利が擦れる音も川の暴挙も聞こえない。あの、沈むような淀んだ子供の無垢な目も。

 静寂の中に入る様々な微音に少し、不安に駆られる。

 俺はいつからこんな風になってしまったんだろう。どうしてこんな安定が、不安定に感じるのだろう。

 ふと目を手元に移せば、タバコを持つ指が震えていた。

 きっと寒いんだ。

 しばらくぼんやりとタバコを吸っていたが、やっぱり震えが気になってしまって仕方なくなったので、まだタバコは長いけど火を揉み消して灰皿に捨て、リビングに戻った。

 やっぱり一人ではこの家は広すぎる。
 どうしてこんなに、広いんだろう。

 今日は、久しぶりに、病院に行こう。
 そう思ったら久しぶりの休日は急激に色付いた。
 よし。

 やる気が出て、目標までの間、仕事を片付けようと思い、パソコンを開いた。

 部署から持ってきた書類とパソコンを見ながら2時間くらいを過ごす。それから出掛ける準備をした。

 借りた車に乗って行こうか。近くだし。
 車の鍵を持って家を出た。

 朝は中盤。今日はよく晴れている。不安なくらいに太陽が、明るい。
 
 5分ほど車を走らせればすぐにつく。

 何を話そうかな。まずは日本にしばらくいることになったと報告しなければ。

 病院の受付に顔を出すと、「あら!」と、知っている看護士が寄ってくる。お世話になっている小湊《こみなと》さんだ。

「こんにちわ」

 取差し入れの菓子折りを渡すと、「あらあら、悪いわね…毎回」と、恐縮される。

「今回は…アメリカ?」
「はい。あまり空かなかったでしょ?」
「そうね」

 他の看護士の中には、俺に対して疑問符を表情に張り付けた人もいた。

「病室はね、日のよく当たる部屋になったの。
308よ。ごゆっくり」

 小湊さんにそう言われ、俺は病室に向かった。

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