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昼前になり、再び看護士が顔を出しに来た。どうやら環の主治医が俺を呼んでいるらしい。
…なんだろう。
「ちょっと行ってくる」
そう環に告げて看護士に後を任せ、ナースステーションの中に入る。
初めて見る若い女性の医師が、俺に前の席に座るように促すので、身構えて座れば、「…あの…」と、言いにくそうだ。
「はい…」
「えっと、初めまして、ですね。
1年ほど前から青葉さんの主治医になりました、精神科医の増山《ますやま》と申します」
「はい。いつもお世話になってます。…ん?」
精神科医?
「普段は、荒川さんと言う方がお見えになっていますが、なんでも…」
「はい。見舞いをまぁ、頼んでいます。職業柄海外を行き来していまして…」
「お話は前の担当から聞いてはいますが…。えっと、壽美田流星さん、ですよね?これ、スミダって読むんですね」
「はい」
「病院の支払なんかもされているそうで…その…配偶者の方、なんでしょうか?」
「いえ…でもまぁ、いまの彼女にとってはそうなりますね。関係としては友人と言うかなんというか。ただ、彼女は身寄りがないので、俺がまぁ、面倒というかそういうのを引き受けてはいますが、特に血の繋がりなんかもないので、ドナーとかは…」
「あ、いえ、ありがとうございます。
まぁ彼女のその…介護者ということですので、まぁお話ししようかなと思いまして」
なんだろう、やっぱり…。
「はい…」
「実は、少し前までは青葉さん、口頭外科に入院していたのですが、」
「はい、そうですね。精神科、と言うのは?」
「はい。
その…。お気に触ることを申し上げてしまうのですが、青葉さん、事故で、その…」
「あぁ、そこは大丈夫です」
ここは俺と環の出会いから言わなければ、この人に気を使わせてしまうな。
「俺実は刑事で。彼女を運んだの、俺なんです。俺が受け持ってた事件でした。彼女が犯人に喉をナイフで刺され、それが原因で話せなくなってしまい、犯人に打ち込まれた大量の麻薬のせいで色弱障害を持ってしまったことも了解しています」
彼女は、エレボス事件最初の被害者だった。
彼女は、エレボス幹部に、誘拐、監禁され、ありとあらゆる凌辱を受けた。
押収したビデオは本当に酷いものだった。俺たちが踏み込んだ頃には自我なんてない、ほど薬に犯されていて、子供まで身籠っていた。
しかし、その子供は最期、俺たちの目の前で彼女の腹を踏みつける男の一撃で救えなかった。
今思い出しても、あの時の痛ましい事件は、胃から酸が込み上げる。
保護したとき、俺はもう、彼女は助からないと思った。喉に、ナイフが刺さっていたから。
「…すみません」
「いえ…。
もっと早く、こちらも動いていればよかった。いまは、後悔しかなくてね。
荒川政宗は…当時、俺の上司でした」
「なるほど…そうだったんですね」
「だからなんて言うか、俺たちの関係を説明するのはちょっと難しいんです。憚られるし。どう言ってやっていいのか、わからない。だって、当事者だから、俺も。彼女が覚えていなくても、だからこそ、あまり…」
「わかりました。あなたの思いは伝わりました」
彼女の両親も、その事件でやつらの手によって消されてしまっている。いま、彼女がエレボス側に生きていると知れたら、彼女だって、どうなるかわからない。
「俺の話ばかりですみません。先生の、話って…?」
肝心なのはそこだ。
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