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「環が、出て行ったって?」

 電話越しで伊緒が、泣いている。
 と言うより、怯えているように感じる。妙な空気に、潤も緊迫して俺を見る。

『流星さん、俺、』

 風の音がする。

「…伊緒、外か?」
『い、家の』

 潤が腕を組んで顎をしゃくる。

「けど、」
「お前が行かないで誰が行くの」

そうだけど。

「仕方ねえだろ。
 仕方ねえから取り敢えずなんか進展あったら連絡寄越す。お前もそうしてくれよ」

 答えずにいれば潤はデスクを叩いて立ち上がる。

「いいから行けよ流星!こんなところで湿気た面してる場合じゃねぇんだよ、一般人だぞ、お前、繰り返してどうすんだよ!」

 伊緒の泣き声も止んだ気がする。
 荒々しくしたわりに潤はふと表情を崩し、泣きそうなような、よく分からないが哀愁ある目で見つめてきた。

「…いいから、
 ユミルなんて化け物だ。死んでねぇよ。死なねぇよ。死んでもそんなのヘマだ。伊緒のヘマどうにかして来い」
「…わかった。
 伊緒、今から行くから。取り敢えず家にいろ」

 号令を掛ける時のように潤は言う。それほど確かに深刻だ。だがふと潤は息を吐いて心配そうな表情は見せる。
 お前だけじゃない、安心して行って来いとも取れる潤の態度に、安定の端を掴む思いだった。

「悪い。頼んだ潤」
「マジでヤバかったら電話しろ。ホントに相手は普通の女の人なんだ」

 警察組織の姿を見た。
お前はやっぱり、スナイパーやらスパイよりこちらの方が向いているよ。

 冷静にはなれて、一息入れる思いで荷物を持って部署を出る。すっぱりと現場は忘れ、環の事を考えた。

 出て行った、あれほどの動揺で俺に電話をして来た伊緒を考えれば、何かがあったと考えて間違いはないだろう。

 しかし“出て行った”。
 これはどういうことだろう。
 出掛けた、はありえないし、だったら電話をする意味もない。
 伊緒は野外にいたようだしきっと、環を探し回ったが見つからなかった、ということだろう。

 例えば事件性のある拐われた、と言わない所から、たまたま環は何かで家から出たとしても、伊緒が俺に電話を掛けてきている。これは、環や伊緒に何かがあった可能性がある。

 俺の中で確かなことは、環の姿がないということだけだ。
 それは今の状況では最悪パターンばかりが頭に掠める。単純なものがなかなか見つからない。

 自宅につくまで様々な可能性を考えた。

 俺が帰宅すれば伊緒は、扉を開けてすぐに「流星さん!」と、まるで飛び付くように駆け寄ってきた。
 落ち着かせようと伊緒の背中を擦り、「ただいま」と声を掛けた。伊緒は泣きそうに見上げてくる。

「俺、環さんに酷いことを言いました」
「環は?」

 伊緒は泣くばかり。ただ、「出て行っちゃったんですが、」この一言で痴話喧嘩だけではない可能性を見た。

「取り敢えず落ち着いて。それから何があったか」
「御子貝に、拐われたかもしれません、」

…御子貝?

「会ったのか」
「はい、あの…」

 取り敢えず伊緒を落ち着かせようとソファに促す。

「…俺は最近不信というか、イライラしちゃってたかもしれなくて。環さんは、流星さんが心を砕いているのをわかっているのに、何も考えていないような気がしてしまって、」
「落ち着いて状況が知りたい、まずは経緯を話してくれないか」

 それだけ告げれば伊緒は、落ち着こうと無言でそわそわとしていた。まずは俺も冷静な判断をしたいし、コーヒーをいれることにした。
 キッチンには切り途中の玉ねぎ。本当に突然の出来事だったようだ。

 豆をコーヒーメーカーに用意し、水も落ち始めた頃に「あの、」と、少しは落ち着いたような声色で伊緒が声を掛けてきた。
 まずは黙って頷きを返し、話の先を促すことにした。
 漸く泣きながら、伊緒は話始めた。

「…少し、喧嘩をしてしまいました。
 いや、俺が一方的に環さんへ色々言ってしまって…環さんが勢い余って出て行ってしまったんです」

 環と伊緒に、そんなことがあるのか。それは余程だったに違いない。
 コーヒーが落ちるのを見守りながら、「で?」と先を促す。場合によっては“御子貝”という単語に、今すぐ環の所在を確かめなければならない。

「すぐに、追いかけたんですけど、外にはもう居なくて…。
 御子貝に、銃を突きつけられました。俺は正直環さんのことに動揺していて不注意だったので、いきなり現れたような気がして。御子貝がどこから現れたか、いまいちわかりません…」

 それはきっと。
 張られていたのかもしれない。
 ならば確かに、色々組み立てても環が拐われた、この可能性が大いに高い。

「取り敢えず、今は環がいないのが現状だ。御子貝がいたならば伊緒が言うように、拐われた可能性もある。まずは出よう」

だが、どこにいるか検討はない。
俺も動揺くらいはしている。

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