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 助手席に座った伊緒はダッシュボードから眼鏡拭きと替えのシリンダー二丁分を取りだし、左掌を向けてきた。

「あ、あぁ…」

 初めてだった。
 少し抵抗はあったが、さっき咄嗟に掴んで持ってきたM18を手渡す。
 伊緒は淡々とマガジンを抜き、球数を数えていたが、「今日は使わなかった」と告げる。

 車を発進させればM18は無言で空いた椅子に静かに置かれた。
 「ありがとう」と礼を言ってジャケットのポケットへしまう。

 それから伊緒は自身も自分のシグザウエルを手入れし始めた。いつの間に手慣れたんだろう。殺しをする案件は、こいつは初めてなのに。

 横目でよほどじっと見てしまったのか、控えめで気まずそうな表情を浮かべた。少し俯いて「政宗さんが…」と言った。

そうか。
政宗が教えたのか。

 赤信号のタイミングで俺はタバコを取ろうと、伊緒はシグザをしまおうと開ける。

「ん?」

 何かに伊緒は気が付いたようで、タバコを咥えて「どうした」と聞けば「これ…」と伊緒が、紙を広げていた。紙質的に見て、スケッチブック、だろう。
 そして少し眺めて「流星さん、」と不安げに言う。

「環さんからの…」
「…環から…?」
「はい。読みますか?」

 ダッシュボードは閉め、ドアを開けて青信号で発進させれば、伊緒は静かに読み始めた。


流星さんへ。

この手紙が見つかった頃には、私は貴方の元にはいないでしょう。

とある方から急に連絡を頂き、私は自分の身の上を知ることになりました。

聞いてみれば、私が病院にいたこと、流星さんが気に掛けてくれていたことに納得がいきました。

私は宗教団体に情婦、奴隷としてその身を置いていたのだ、それはとても危険な団体だった。それ故に貴方は私を守り続け、戦っているのだと。

言われてしまえば隠していた記憶が、少しずつ紐解かれるようでした。

流星さんがどうして私といることを望んだのか、私にはそれは、ただ単に責任感だとは思ってはいません。もっと言い知れない感情で私も、貴方も一緒にいたと、いまでもはっきり言うことが出来ます。

しかしどうやら、私は知らない内にそうやって、身の危険に晒され、貴方に迷惑がかかるのだと、知りました。

この手紙を残したのは、私がもしも、何かがあったときに、貴方に残した言葉が、少なすぎたのではないかと思ったからでした。

恐らく私は、団体に消されるのかもしれません。お迎えが来ると言われました。それが、貴方や皆様の為にもなると、そう言われました。

こんな状態で7年、貴方と出会えたこの記憶を形として残しておきたいと考えた私は傲慢な女かもしれません。

考えれば、たくさんの言葉が出ていきます。まだまだ伝えたりなくて、どうしても今、恐怖にばかり震えて言葉が消えていきます。もっと、もっと貴方にたくさんの事を、話しておけばよかった。

たくさんの愛情をくれた貴方に、私が返したものなど、ほとんどなかった。もっとたくさん触れておけばよかった。貴方の過去未来、全てを見ておけば、よかった。

私を新しく塗り替えたヒーローは貴方でした。だからこそ、ヒロインは力になれる。

いままでありがとうございました。
もし生きて会えても、違う私なのかもしれません。どうか、こんな私でもここにいたと、覚えていて。

青葉環


 読み終える前に伊緒は何度も嗚咽した。
 俺も凄く噛み締め、後悔しか出ていかなかった。

「環っ…」

 名前を噛み締めたら涙が浮かんで視界がボケたが、一向に溢れない。

「そんなこと言って欲しかったわけじゃねぇよ…っ、」

やめろよ、
本当に終わることなんて考えてる暇はないだろ、俺。そんなんで、こんなんで終わらせて良いわけないだろ。

君だって、どんな気持ちでこれを残したっていうんだ。

 嗚咽を漏らしてる伊緒に「泣くなあ!」と当たってしまった。

「もっと、」

 もっと素敵な世界を、見てみたいと、君と、そう思っているんだ、だから向かうんだ。

「終わらない、まだ、…っ、」

 情けなかった。こんな時に強気でいれない自分が酷く、小さくて。
 けれどまず環を考えた。いつからこの恐怖に君は耐えていたんだ。俺の知らないところで、何かが邪魔をしている。俺だって早く、君の気持ちへ勇気を持てていたら。

愛していたら、こんなとき強くいられたのかも知れなくて。

 海軍訓練所付近に差し掛かる。
 迷いは捨てる。俺は君を助けられなければ、俺なんて。
 ヒーローなんかじゃないんだ。

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