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いつもより3時間ほど早めに出勤して午前中は過ごした。
今日から潜入捜査が始まる。皆、最終チェックをしていた。
俺はいつも以上のスピードで仕事を切り上げ、「じゃ、政宗、後は任せました!」と引き継ぎ。
「あれ、どうした?」
「下見と言うか、まぁ先方に行ってくるよ。またあとで」
「…あそう。気を付けて」
本当は別件の仕事だけどな。
車で、有楽町から錦糸町まで向かう。目的地に着く前に車の中でシャツだけ着替える。
グレーのスーツに黒チェックのシャツ。
これ我ながらヤクザっぽいんじゃない?ネクタイってするべき?
まぁいいやしてこう。
最悪お上だってバレなきゃいいんだし。
龍ヶ崎連合会《りゅうがさきれんごうかい》、會澤《あいざわ》組の事務所は、ビル街の中にあった。建物の入り口付近、郵便受けの横に、“龍ヶ崎連合会事務所”と、地味に書いてあった。
1階はどうやら階段だ。エレベーターの案内板を見ると、どうやら3階が事務所らしい。
エレベーターを呼び出し、3階へ向かう。
3階についてまず、「ナメとんのか貴様ぁ!」というドスの利きすぎた怒鳴り声が目の前のドアの向こうから聞こえる。どうやらここで間違いないようである。
取り敢えずインターホンを押してみたが鳴っている気配がない。仕方なくノックをしてみる。
「誰じゃい」
グラサンの、いかにもな三下が扉を開けた。
「今日から世話になるもんやけど」
うわぁ、意外とヤクザ弁(けして関西弁とは言いたくない)難しいな。
「あぁ!?今取り込み中や!」
「おい山本《やまもと》。誰だ」
「なんや今日から世話になるとか言ってるんっすけど…」
「…通せ」
山本と呼ばれた三下に促され、中に入る。
“忠義万歳”という掛け軸がまず目に入り、笑いそうになってしまったが堪えた。辛い。なんたる拷問。クソだせぇ。しかもなんか達筆というより、お習字教室みたいな字で…ダメだ、考えたら笑ってしまう。無になろう。
「兄《あん》ちゃん、気に入ったか?」
忠義万歳の前のデスクに座っていた40代くらいの、オールバックの切れ長の目をした男が言った。多分ボスの會澤だろう。あまりにも俺が忠義万歳を見ていたからだろうか。
「あぁ、はい」
「俺の息子が書いたんだ。なかなか上手いだろ?」
やべぇ、笑う。
「へぇー、こりゃまぁ達筆で」
声が震えた。絶対俺の顔今笑い皺が寄っているだろう。
「まぁ立ち話もなんだ。そこ座れよ。金澤《かなざわ》、茶ぁ出してやれ。おい酒田《さかた》、」
「はい、はい、」
男は立ち上がり、デスクの前で土下座していた20代くらいの兄ちゃんの前まで来てしゃがみこみ、兄ちゃんの前髪を鷲掴んだ。兄ちゃんの顔には最早殴られた痕がある。
「お前明日までに持ってこれなかったらわかってんだよなぁ?」
最早兄ちゃん、恐怖で返事すら出来ていない様子。
「そうだなぁ、まずは嫁さんをウチで預かってやってもいいぞ?あの面なら月30で働かしてやるよ」
「そんな…」
「じゃぁ明日までに200、耳を揃えて持ってくるんだな」
「會澤さん…、堪忍してください、嫁は、いま、腹にガキがいるんです!」
次の瞬間前髪を掴んでいたその手を、床に勢いよく降り下ろし、立ち上がって一発鳩尾に蹴りを入れた。
「ウチから金借りといてガキ作ってんじゃねぇよ。ガキがいるからなんだ?手術代貸してやろうか?」
怒号の中、俺は部下にソファを促され、座る。
現時点で傷害罪、現行犯逮捕出来るんだが。めんどくせぇしそれで余罪洗いまくったらいいんじゃねぇかなとか思えてきた。
少ししてから男はふらふらになって事務所を出て行った。部下の一人が、「あいつ大丈夫っすかね」とか半笑いでほざいてやがった。
「明日の朝あいつん家行けよ。ダメならまた連れてこい。
で、君か。確か紙切れが一枚送られてきたな。名前は?」
茶番が終わり漸く本題だ。會澤は俺の目の前に座り、タバコに火をつける。
「冨多竜也《とみたたつや》と申します」
「竜也か、いい名だな。お前どこのもんだ?」
一瞬ドキッとしたが、ふと、目の前にピストルを出された。S&W M500。今時のヤクザにしてはいいモンをお持ちなようだ。
「お前、殺ったことあんだろ」
それには答えず、銃を手に取って眺めた。
「まぁいい。枝野《えだの》。お前今日ゼウスの鮫島《さめじま》んとこ行く予定だよな?」
「はい」
ゼウス…。もしや証券会社大手の…。
「そいつも一緒に連れてけ。あぁ、あと…。
Hestiaの従業員が一人増えるらしい。そいつの面も拝んでこい。それはお前一人でいい。この前逃げた|向井《むかい》の穴埋めだ。
あぁ、そうだ。
向井の逃げた先は女の家だ。金とブツを持ち逃げしてるらしいな」
「…は、え?」
「まぁ新人とはいえ二人いるし…お茶でもゆっくりしてさあ、親交を深めてきたらどうだ?今日は戻らなくてもいいぞ」
「…ありがとうございます」
この男、なかなかエグいな。
「冨多、お前にはこれ」
そう言って、白いケータイを一台渡された。
「仕事用だ」
「あぁ、どうも」
枝野と呼ばれた男と俺は、そのまま會澤に一礼をして、事務所を出た。
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