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 あっさりと、窓際に立っている人物が見えた。白衣に白髪混じりの髪に眼鏡。多分こいつなんだろうな。
 ドアを開けてみるとあっさり開いた。白衣の男は、ちらっと俺たち二人を見て、溜め息を吐いた。

「谷栄一郎、だな」
「…なんでしょうか」
「ウチら會澤組のモンやけど」

おぉ、こんな時にヤクザ弁を使うのか。

「あぁ、會澤さんとこのね。まぁどうぞ。掛けてください」
「いや、長居するつもりはないんでな。
貸したもんを返してもらいに来た」

 枝野がそう言うと谷は、「は?」と、疑問顔で答えた。

「貸したって?誰が誰に何を」
「惚けないで頂きたい。ウチがあんたにどんだけ金貸してると思っとるんですか?はい、明細書」

 ポンっと懐から枝野は、谷の口座番号と會澤組の口座(フェイク)の入出金履歴の書かれた書類を出した。

 面倒だから俺は研究所内を見てまわることにした。あとはお宅ら自由にやってくれ。

 しかし学者とは偏屈な生き物だ。こう、薬品や本ばかり並べて、はたまたテーブルの隅っこには家計簿やら論文やら、棚にはメスシリンダーやら…。

ん?

 本棚の中の一角、どうやらこいつの研究内容っぽくない内容の本が10冊くらいあって。
 まぁ前の列が水素実験や原始から来てるからわからなくもないけど、これはそれでも異様であった。

「谷さん、あんたさ」
「はい、なんでしょうか」
「水素爆弾、研究してんの?」

 その一言だけで、今までシラをきって余裕ぶっこいてた谷のその表情が曇り始めた。

「まあ、研究の一貫で少しだけ」
「へぇ、なるほど散弾銃に麻薬ぶち込んでって原理ねぇ」

 デスクにあったファイルを取り出して論文を読むと、流石に動揺を隠さない。

「しかしこれは犯罪だねぇ…」
「んなこと言ったら、お宅らと大差ないでしょうが」

 ちらっと枝野を見れば、「いやいや」と嘲笑うように枝野は谷を睨んだ。

「薬売り付けてテロに荷担してんのなんて、お宅らとどう違うっての?」
「別にウチは荷担してない。依頼されたらちょっと拳銃派遣するくらいですよ?」
「それもしくったみたいですなぁ、そろそろお宅も手を切られるかね」

あぁ、なるほどな。

「で、ウチから金借りてあんた何しようとしてんだ?まさかさ、この散弾銃作るのに金借りてとんずらしようってこと?
 残念だったな。だとしたら今すぐ組に連れて行くけどどうする?」

 どうも見た感じまだ完成はしていない。ここで時間は何日か稼いでおこうか。

「…あんたくらいの学者なら返せるよな?ほれ給与明細がこっちのファイルで…。
それともその間に自殺でもする?」
「…いや、」
「あんさ、」

案外どいつもこいつも。

「やるなら死ぬ気で掛かって来いよ」

生ぬるいんだよ、全員。

 言ってしまってハッとした。
 待て、俺は今ヤクザだ。特本部でもFBIでもない。

「…冨多、それちょっと違くないか」
「…ですね。
 まぁ生半可な覚悟で喧嘩売って来てるのは間違いないようだから?どうします?連れてく?」
「警察を呼ぶぞ」
「は?これ作ってんならわかれよ。
 この状況なんて、てめぇなんざ警察は守らねぇよ。素直に金返してくれりゃこっちは満足なんだよ、わかる?あんた頭良い学者様なんだろ?」

こーゆー温室育ちのガリ勉はめんどくせぇな。こっち側でも、あっち側でも。

「こっそり金返して公にせず表に出てこない方があんたの未来は明るいでしょ。それともいっぺん死んでみるかい?」

 そこまで俺が言うと、枝野も谷も、息すら殺すように黙り込んだ。

「ちなみに一つ聞いとくがこれはあれかい?ウチの取引先から依頼でもされてやってんの?」
「…お宅らには関係ない…」
「そうかい。明日までに貸した50に…そうだなぁ枝野さん、利息とブツはなんて言われてます?」
「…あぁ、組長は利息は3でいいと。代わりにブツは全部返せってよ」

 やれやれ面倒だ。
 その場でケータイに耳を当てる。

「もしもし會澤さん?ちゃんと聞こえてました?」

 そう言った瞬間谷がふと、動いたのだけが見えたので、反射的に谷に手を伸ばしてどこか掴んだ。多分左手首辺りだ。

「あぁ、はい、回収は再び明日しようかなと思っていましたが、こりゃぁ逃亡しそうですね」

 置かれた状況がわかったようで谷は手を振り払おうと抵抗してくるが、素人だ。あっさり俺は谷の腕を捻りあげる。
 面倒なのでスピーカーホンにしてデスクに置いた。
 痛みのあまり、谷は膝から崩れ落ちた。仕方ないので後頭部を掴み、銃を押し当てた。

『冨多、殺すなよ』
「そうですね。さてこいつはどうしますか?」
『谷さん、お宅さ、今もしかしてミノハラ教授と手ぇ組んでんの?』
「…は?」

ミノハラ教授?

「く、組んでない!」
『今のうちだよ。今そう言われればウチはあんたから手を引くしかない。
 だが後でわかったらそうだなぁ…こっそりどうにかするしかないんだが』
「え?」
『ホントになんもない?』
「ないない!あんなやつ!」
『へぇ、知ってんだ、ミノハラ教授』

 會澤の射るような核心を突く一言で場の空気が凍った。

『二人ともご苦労。そのままそいつを連れて来い。そいつには聞きたいことがたくさんあるからな。
 あぁ、それと冨多。お前今からゼウス本社に行ってこい』
「はい?」
『さっき電話があってな。鮫島さんがお前と昼飯に行きたいそうだ』
「えっ…」

なにそれぇ…。

『あの人はそーゆー人なんだ。
 通り道だし、枝野、公園まで送ってやれ。
 帰りは自力で帰ってこいよ』

 電話は一方的に切れた。
 最悪なのかなんなのか。

「あの…」

あぁ、そう言えば。
 学者を一人組敷いていたのを忘れていた。

「あぁ、立てる?」

 髪を掴んでいた手は離してやった。
 のろのろと素直に立ち上がったので、銃口は腰辺りに押し当てる。

「さて、行くぞ」

 枝野がそう言い、歩き出すが、谷は恐怖なのか、なかなか歩き出さない。「どうしまし…」

 た?と言おうとしたと同時に俺は反射神経で後ろに一歩引いた。谷が、振り向き様になんかしてきたのが視界の端で見えたからだ。
 カッターナイフを持っていた。呆れて物も言えなかった。最早相手にもせず溜め息。

「頭は良いがバカだなあんた」
「うるさい…!」

 震える両手でカッターを握っている。

「…谷っ!」

 捕らえようとする枝野を手で制する。

「…あんた俺を刺したら満足するわけ?」
「…は?」
「するならやれば良い。一回くらい刺されてやるよ。ただし生きて帰れると思うなよ」
「冨多、何言っ…」
「生ぬるいねぇ。
 悪いが俺は腹から内臓が出ても的は外さないからな」

殺したければやってみるが良いさ。

「早く来いよ、なぁ」

 俺が銃を谷に向け近付いてみれば、後ずさる。谷が捕らえられそうな範囲内に入ると枝野は谷の背後から手首を取った。力強く握るそれには勝てなかったようで、カッターは力を無くして下へ落ちた。
 再び溜め息が出た。谷は諦めたようで素直にそのまま向き直り、枝野に手を引かれながら歩き始めた。

 拳銃をしまおうとしてふと、自分の愛用であるグロックを握っていたことに気が付いた。

しまった。
絶対気付かれたよなこれ。
でもまぁ、いいか。

 今度はちゃんと裏口から出て、車を止めた正面入り口までわざわざ歩いて車に乗り込んだ。

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