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「お前、やっぱこんなとき良いヤツだよな」

 ふと、政宗が笑って俺に言った。
 何を根拠にそう言ったのか。

「何突然。気持ち悪いんだけど」
「可愛い気はねぇけどな」
「え?今の嫌味だった?」
「違うよ。良いヤツってのは本音だよ。素直に喜べ」
「なんかムカつく」

 またけっけと政宗が笑う。

「お前、行く前にちょっと観せてやるよ。部署寄れや」

なんだろ。

「新手のAVなら見る」
「…ホントに性格が破綻してるな。期待に添えなくて悪かったよ。誰がお前となんてんなもん観んだよ」

褒めるか貶すかどっちかにしろよ。

 部署に戻ると、残っていた瀬川と慧さんがパソコンに向かっていた。

あの拾ってきたクソガキはどうしたんだろう。

「お前んとこの野良は?」
「は?」
「ほら、エレボスの」

 俺がそう言うと、何故だか一瞬瀬川と目が合った。

…このガキ、なんとなく扱いにくいんだよな。

 瀬川は少しはにかんでまたパソコンに視線を戻した。

まぁいいや。

「野良って…。伊緒な。
流星んとこだよ」
「あー、なるほどね。へぇ、ご執心だな」
「ホントにな。俺には冷たいのに」
「あら、ヤキモチ?一回あーゆーのは調教してしまえば」
「やめろ脳内春画展。ほれ、春画からこれ、」

 政宗がパソコンを指差し、映像を再生した。

 その映像はAVとは程遠い画像で。
 場所はどうやらヤクザの事務所っぽくて。多分會澤組事務所だろう。そこで繰り広げられている王子の一人舞台。

 一言で言うなら血祭りだ。

 言葉を失うほどの狂いっぷり。鮮やかなまでの体術で。タチが悪いことに全員の急所を外して銃をぶっ放すわ、ぶん殴るわ、ナイフを奪って切りつけるわ。最早暴行を通り越して拷問だった。

 その流星の鮮やかさが、手慣れているのは明白で。
 見ていてかなり気分は害するもので。
 だが暴れてる本人はどうも無意識と言うかなんと言うか。これは完璧にスイッチオンの時の流星だ。

「…流石だな」
「あぁ…」

 二人で思わず絶句。

 相手に攻撃されようと、これまた流星は全然平気な、というより無感情な表情。
 最後、政宗と5課の連中が突入して自我を取り戻した辺りで映像をストップした。実に10分くらいの映像だった。

「5課が応酬した會澤組の防犯カメラだ。
 駆けつけたときにはこんな状態でな。だが潤の、流星のスイッチの切り方を思い出して名前を呼んだ。あっさり治りやがった。
 そん時の顔ときたらまぁ、全然状況がわかってねぇって面でな。こりゃぁやべぇなと思ってさっき、ここの保険医に見せたわ」
「で?」
「最早精神疾患レベルだとよ。ガチのアドレナリンジャンキー。
 今倒れたのも、こんだけアドレナリンが出て、そんでその後ヒートダウンと言うか、なんか安心でもしたんだろうってさ。
最近そういえばあいつよく手が震えてたんだが、それも言ってみたら、取り敢えず一回受診をおすすめするってさ」
「はぁ、あいつそんなんで医者なんて…」
「行かねぇだろうな」

 政宗が突如、デスクを拳で叩いた。やっぱ、イライラしてんな。

「腹立つ」
「何に」
「…高田にだよ」
「…今更かよ。だからあんた抜けたんだろ」

 昔から政宗は高田と折り合いが悪かった。まぁ大体こいつは上司と言うものと上手くいかないのだが。

「…まぁそうだな」
「でも、俺と流星は残ったんだよ高田のとこに。あいつはどうだか知らんが、俺は、高田なんて端から人間と思ってないから、使わせてもらうことにしたんだ」
「ひねくれたもんだな」
「当たんなよ。わりと傷付く」
「…悪ぃ。今日は全体的に機嫌が悪い」
「知ってるよ。見てわかるし。
 じゃぁ行きますか、王子様の元へ」

やれやれ。
胸糞悪いが行ってやるよ。
救う気はない。だが。

「上司ってめんどい」

 取り敢えず慧さんと瀬川にはキリがいいところで上がるように命じて部署を出る。

 だがまだイライラしている先輩には一言くらいトドメを刺してやろうか。

「政宗」
「なんだよ」
「胸糞悪いもん見せつけてくれてありがとう」
「…お前には、見せておきたかったんだよ」
「その気持ちはなんで?」
「…単なるエゴだ。俺はお前のようにあいつも救えなければ、あいつのようにお前だって」

あぁ、うぜぇ。

「そうだな。俺と流星はあんたのようにとっとと諦めて|厚労省《こうろうしょう》に逃げたりしないな。あれから俺たちが狂っていく様をあんたは知らないんだ。
 だがそれでいい。あんたにだけは、見て欲しくないんだ。そう、思ってた」
「…潤、」
「情けないこと言うなよ先輩。それでも今こうしててめぇのとこに来て、先輩先輩って言ってやってやってんだろうが」
「…あぁ」

 少々言い過ぎたがまぁいい。これも本音だ。言い過ぎたけど。

「俺はあんたをちゃんと、上司と折り合いつかない、けど面倒見がよくてお人好しな、いざってとき便りになるくせにキレるとクソ面倒臭い先輩だと思ってる。今も昔も」
「…お前ってやっぱ。
 最短精神のワガママな口の悪い美人、だけど純粋で正直な良いヤツだよな」

あぁ、漸く政宗のトゲが取れた。

「ありがとう」
「こちらこそありがとう」

これで少しは流星と、喧嘩しないで済むかな。

 救急室に向かうと、一番奥のベットのカーテンが閉まっていた。カーテンを開けると、伊緒が寝ている流星の手に包帯を巻き終えたところだった。

「…潤さん」
「よう野良。なにそいつ、リストカットでもして倒れたの?」
「…いえ、これはちょっと怪我してたんで」
「いつものあれだよ」
「あぁ、」

 リストカットと大差ないじゃねぇか。
 昔からの妙な癖なんだよな。追い込まれるとやるみたいだが。

「こんな時に眠くなるのは癪だな」

 確かそう言っていた。前にぶっ倒れたときはまだ駆け出しで、お互いの事をよく知らなかったから、こいつはマジでなんかおかしいんじゃないかと思ったら、本当におかしかったんだけど。

 確かあのとき、凶悪犯の捜査中だった。捜査が大詰めになり、ふとしたことで言い争い、殴り合いになった。だがやつは俺に馬乗りになった瞬間にそう言って、まるでぷっつり糸でも切れたのかのように俺にぶっ倒れてきたのだ。
 迷惑ったらなかった。ヤツが左手で掴んでいた俺のシャツは何か血だか膿だかよくわかんねぇのが染み付いてるし。

 その時に救急室に連れて行って包帯を巻いたり、付き添ったのは俺だった。

「まったく…変わんねぇなこのバカ」
「お前もな、潤」
「やめろよ」
「お前、こんなこと昔あったよな」

 どうやら政宗も思い出していたらしい。

「あん時は、運ばねぇと俺が圧死するかもしれなかったじゃん」
「はいはい」
「こりゃぁ、今日はここで寝かしといた方がいいね。
 あんたどうするよ?」
「まぁ付き添う相手がいないんじゃ現場行っても仕方ねぇしな。ここで付き添ってるかな」
「あそう」

 仕方ない。

せっかくだから血の気のない顔を拝んで行ってやるとするか。

 真横で少ししゃがみ、流星の前髪を上げてじっくりと顔を拝む。どうやら熱もありそうだなこいつ。
 聞こえてくる寝息が少し熱い。まぁいい、てめぇはここでゆっくりへばってろ。

「ざまぁねぇな、バーカ。てめぇがクソ使えねぇから俺がなんか応酬してきてやるよ」

 反射的なのか、ふと流星の右手が動くのが見え、こっちも条件反射で退いた。
 どうやら無意識に俺の手を払ったらしい。

「ふっ、」

笑っちまうな。
ホント、死にきれず生き損なってる。だが、そんな生き方は嫌いじゃない。

「精々息してろ単細胞」

 それだけ言い捨てて俺は救急室を去る。

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