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 裏口からホテル内部に入ってすぐに緊張感が漂った。
 地下への階段は存在した。

 …あっさりすぎて拍子抜けする。

「行く?」
「いや、まずはエントランス。
 多分だけど、エントランスに徳田が転がってんじゃないかな。
 ホントはいま鑑識に空室状況と従業員のデータを調べてもらってたんだけど…」

 と、言っていたら無線が入った。

『こちら、鑑識の猪越です』

噂をすれば、なんとやら。

「お、どうも」
『お帰りが遅いようなので。
 空室状況と従業員のデータを貴方のケータイに、勝手ながら貴方のパソコンから送らせて頂きました。シフトはわからなかったんですが、前科や前歴など、わかる範囲で送っときましたので参考までに。
 1人、前科者がおりました』

 猪越さんに言われて確認してみる。

「…高塚明《たかつかあきら》、36才。18歳のときに傷害罪で逮捕…。
 え、こいつ支配人じゃん」
『はい』
「大変参考になりました。貴方は優秀です。何かあればまたよろしくお願いします」

 データを見てみると、支配人とはあるが、どうもぴんとこない。

「うーん」
「なに」
「ぴんとこない」
「なにそれ」
「脱獄した経緯とホテル立て籠りと明日の会談、どうもやっぱ繋がんないな…」

 難しく考えすぎなんだろうか。
 俺が一人考えているうちに勝手に潤は一人で進んでいく。

「流星、」

 ふと声を掛けられて前を見ると、細身の、いかにもホテルマンの制服を着た、目鼻立ちがはっきりしたアイドル顔の青年が両手を上げてこちらを見ていた。

「ここの従業員?」

 しかしそいつは何も答えない。

「俺が行こう」
「え?」
「後ろから誰か出てきたら迷わず撃てよ潤。
 逆に俺はお前の後ろを守れないからな。お互い自分の身は自分で守る。以上だ」
「破天荒な…」

 潤の小言を無視して進む。

「君は何者なんだ、人質か?」
「…はい、そうです」
「そうか。君は当日何をしていたんだ?どうしてこんなことになったんだ?」
「…当日は、フロントで…顧客の確認などを行っておりました」
「まぁ見たところ若いからね。いくつ?」
「18です。ただの研修です」
「それは災難だったな」

 あと10歩ほどの距離まで近付いてみて、まわりには人の気配を感じなかった。青年はどうやら無線マイクを耳に付けているようだ。
 交渉係、と言ったところだろうか。

 そして青年の向こう側には、何人かのホテルマンと、恐らく死刑囚、徳田と思わしき死体が転がっているのが見えた。徳田の近くには、軍用ライフルがぶん投げてある。

「潤、ビンゴだ。徳田がそこに転がってる。
 この様子だと徳田が暴れたのか?
 だとしたら徳田は誰が殺した?今立て籠っているのは誰だ」
「…わかりません。
 宿泊客にやくざのような組織がいました。その組織と接触をした瞬間、最初に暴れだした客は殺されました、目の前で。
 気が付けばホテルは占拠されていました」
「なるほどね。
 騒動のうちに各階なんだかの形で取り押さえられたわけか。徳田が暴れだした時点で客を速やかに逃がすことは出来なかったわけ?」
「逃がそうとしました。そしたらその中にいたんですよ、その組織が!」

 叫ぶように彼は言い、大きな目を潤ませた。

「…ふうん。
 犯人に代わってこちら側に要求をしてきている支配人がいるよね?彼はいまどこにいるんだ?君はどうしてここにいる?」
「高塚さん…その、犯人との交渉役の人に言われて来ました。犯人から…要求を飲まなければここを爆破すると」
「…交渉方法を変えてきたな。
 俺はその話をしに来た。
 要求は全部呑もう。ただ、こちらとしても犯人の要求がブレまくってるんでね。ただじゃ呑めない。本当の要求は何だ?
 こちらの要求は全人質の無傷の開放だ。それ以外は何も要求しない」

 声を大きめにして言い放つ。どうせその高塚と言う男も聞いているだろう。

「君、名前は?」
「…名乗れません」

 青年が腰辺りに手を伸ばし銃を向けるより、俺が銃を青年に向ける方が早かった。

 シグザウエルかな。小さめだしP228といったところか。だとしたら相手はそこそこの組織の人間だ。

「ホテルマンにしちゃぁ良い銃持ってんな。何者だ?」

 先ほどの頼りなさから一変、銃を握った途端に少し目付きが猟奇的になった気がする。わりと慣れているのか銃身もブレない。

 潤も後ろで銃を構えたのがわかった。

「お前の目的はなんだ」
「さぁ、」
「“エレボス”」

 その名前を俺が口にした瞬間、青年の表情に動揺が見えた。

「昔縁があってな。鎮圧したと思っていた。だがどうやら、甘かったな。
 あの頃俺は20だった。まだ人も殺せないようなただの警察官で、正義感しかなかったんだ」
「…は?」
「ガキにはわかんねぇな。俺は職務怠惰だよ。
 今はガキってほどでもないんでね。お前みたいなひねくれたガキ一人撃ち殺すのなんて造作もないんだよ」
「…脅してるつもりですか?」
「いや、救えるなら救いたい」
「…“エレボス”の要求はFBI職員と自衛隊員の情報公開と資金5000万。ただそれだけです」
「情報公開?そんなのとっくに入手してんだろ」
「…わかりません。彼らは警察など、あてにはしていませんから」
「情報をひとつ与えてやろう。
 俺は連邦捜査官特捜課、壽美田流星だ。警視庁と厚労省との合同捜査でいまここにいる。捜査指揮を任された。
 こいつは今回この捜査で招集された同じ連邦捜査2課の星川潤だ。潤には突入の際の同行を任せた」

 そう言うと青年は無線マイクで話し始める。「…はい。…わかりました。…いえ、大丈夫です」と。

 話し終えた青年は漸く銃を降ろした。

「…地下に来いとの要請です」
「予想だがそこに支配人と官房長の娘がいるな?」
「そうです。あなた方と引き換えにまずは官房長の娘を開放します」
「了解。取り敢えずそれを外に伝えたいのだが」
「どうぞ」

 俺はその旨を無線で知らせる。
 青年は目で合図し、俺の前を横切った。どうやら着いて来いという意味らしい。黙って従うことにした。

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