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 タバコに火をつける。ジッポの油の臭いが鼻につく。

「そうどこでもスパスパ吸いやがって、下品なやつだねぇ」
「一仕事終えたら吸いたくなるんだよ」

 一口吐き出した頃、漸く伊緒は俺と潤に追い付いた。無線はもう、捨ててきたようだった。
 それを見て俺は自分の無線機を然り気無く操作し、捜査車両に然り気無く繋いでおいた。

「あ、やっときた」
「覚悟を決めたようだな。
 じゃぁ聞きたいんだが各階の人員配置はどうなってる?
こっからは人質を逃がすのが仕事なんだ」
「…5階の会議室とレストランに収容しています。まぁぶっちゃけ突破は楽でしょう。
 裏口の警備をしていた警官を数名配置してあります。彼らは買収しました」
「ほぅ。残りの警官はどうした?」
「交代制だと言っていたのでまぁ、幹部の名前を出して帰したり、ダメなやつは大抵組織の者が処分しています」
「まぁ、それなら武装装備した警官が突入したほうがいいな。俺なら射殺してしまうからな。
 大使館は?」
「流星さんの読み通り、エレボスの幹部数名はいま大使館を密かに乗っ取っています」
「だそうだ」

 漸く今繋いでいた無線機を片手に持つ。それを伊緒は凝視していた。

「現状報告。
 今回の立て籠り事件の犯人、死刑囚徳田の死亡を確認。エントランスに転がっている。
 本当の黒幕はここの支配人、まさしく犯人からの要求をしてきていた高塚明だ。ヤツは官房長の婦人と娘を拉致し、我々と共に殺害しようと銃を乱射してきたため地下の部屋にて射殺。
 いまから人質救護をそちらさんにお願いしたい。我々は大使館へ向かいます」
『それは、局長令ですか?』
「そうです。
こっちが本命なんでね。じゃ、そんなわけでよろしくお願いします。
 あ、いまの話は信憑性ありですよ。なんせ彼は今回の事件の人質ですから。ただこいつはウチで預かります。では」

 少々無理があったがまぁいいだろう。どうせ無能だ。

 一応局長には許可を取ろうと思い、電話する。

「もしもし」
『あぁ、スミダ?どうやら官房長一家は解決したようだね。警視庁からお褒めの電話がバンバン来てて対応しきれないよ』
「さーせん」
『厚労省のは現場からもう大使館に向かわせたから。どうせその電話でしょ?』
「はいその通り」
『警視庁のは別所から何人か一応向かわせたけど』
「へーい」
『ちゃんと仲良くしてよね。多分これからお前らと深ーい仲になるんだから。引き続き総指揮官は君に任せたよ。じゃぁね』
「え、ちょっ、」

 電話は一方的に切れた。
何?どーゆーこと?

「あの変態ジジイ…!」
「切られた?」
「ああ。物凄く意味深なことを言い残してな」
「あー、高田あるあるだね」
「取り敢えず、大使館にマトリ何人かと、警視庁から何人か先に向かわせたとさ」
「あいよ。行くか」

 エントランス付近で、慌ただしさと緊張感を漸く感じた。すれ違う者達は鑑識官がほとんどだ。多分他は、人質の救護に回っている。猪越さんは見当たらなかった。

 エントランスの現場保存をしている、その辺にいた女性鑑識官に声をかけた。取り敢えず顔だけ出して状況を話してから向かおうか。

「ご苦労さまです」
「…はい?」
「指揮官のスミダです」
「あ、失礼いたしました!」
「いえいえ。続けてください。
 鑑識の猪越さんと警視庁現場指揮官の前島さんは外かな?」
「はい…。猪越は…どうやら本部から呼び出しが掛かったようで今は外していますが…言伝てなら私が承りますが」
「…いえ。挨拶をしようと思っただけなので。ありがあとう。引き続き現場保存の方、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げ、立ち去る。

「お前は変に優男だよね」
「そうか?常識的だと思うが」
「あの人めっちゃお前のこと見てるよ。ちょっとほわーんってなってるよ」
「あっそう」
「やっぱり泣き黒子の微笑みは罪だね」

 くだらない潤の小言は無視をしてエントランスを出る。

 出てすぐのところに、前島さんと、官房長の奥さん、娘さんがいた。いろいろ話をしているようだ。
 俺の姿を見かけると、「お疲れさまです」と前島さんが敬礼。こちらも敬礼を返す。

「前島さん、ぶん投げる形で申し訳ないが俺はここから大使館へ向かいます。奥さんや人質の警護など、よろしくお願い致します。
 俺の勝手な行動で、ご迷惑をお掛け致しました。あなた方も、俺たちなんかより張り込んでくれていたのに…なんというか…」
「…我々も事件の解決は願っています。貴方もそれはそうだろう。
 若いんだから、勢いがある。良い意味でも悪い意味でも。せっかく功績を残したなら、こんなこといちいち気にしてたら身が持ちませんよ。貴方は貴方の事件を解決してください」

 あれだけボロクソに言ったが、案外良い人らしい、どうやら。

「…はい。ありがとうございました」
「悔しいけど、あんたなしではこんなに早く解決出来なかったかもしれない。情けない話です。あんたに言われて、腹は立ったが納得した」
「…すみません」
「うちの猪越を引っ張ったんだ。君は君のやり方を信じて」
「…恩に着ます」
「おじさん…」

 か弱い声がして下に視線を落とす。声の主は前島さんを見て、震えながら奥さんにしがみついていた。
 俺と目が合うと泣き出してしまった。

「…この人が犯人だよ、おじさん!」
「え?」
「だって、だって…うぁぁあ!」

 奥さんは宥めて「すみません…」と言いながらも、俺を睨み付けるように見ていた。

 仕方のないことだ。

「…正義が正しいとは限らないな。だが、子供が言うことは案外、大人には正しいときもあるね」

 前島さんがふと、そう言った。

「君さ、」

 だから俺から敢えて言おう。

「俺は君を救おうとなんて思ってない。こんな大人にはなるんじゃないよ。ただ、君が思うほど世界は、ガラス玉のような綺麗さではない」

 それだけ娘に言い残し、俺は前島さんに再び敬礼をした。前島さんは返してくれた。
 ホテルに背を向ける。
向かうのは、大使館。

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