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「潤、着いたぞ」
いつの間にやら、うとうとしていたらしい。聞き慣れた流星の声で目覚めた。
「あぁ、」
眼を開ければ直射日光。くらくらする。
見慣れた風景。何度かこんな状況に直面しても、家を教えたことがない。だから、ここは家付近のはずだ。
「悪い。家知らなかったわ。どこ?」
「いや、ここでいい」
「相変わらずだな。帰れる?てかちゃんと帰る?」
「流石に帰るよ。疲れたし」
「あそう」
「お前こそ死なずに帰れよ」
「はいはい」
政宗はまだ後ろで寝ていた。
車から降りて取り敢えず捜査車両が去るのを見送る。遠くなったところで漸くケータイを片手に、家に向かって歩き出した。
来ていればいつも、3コール目には出てくれる。
3コールで少し諦めたとき、ガチャっと音がした。
「あ、祥ちゃん?来てる?今帰るよ、まだいる?」
『あぁ、おかえり。昼飯出来てるよ』
「おー、ありがとう。もう歩いてすぐ。うーんとね、曲がったら見えるかな」
『はいよ』
何日かぶりに聞いたその声に少し安心した。そんなこんなで、最近は家に帰ることが増えた。
曲がり角を左に曲がってすぐ、マンションが見えた。漸く帰ってきた。
あぁそう言えば。
一昨日から家に帰ってないけど、ろくなもんなかったんじゃないかな。それともなんか買ってきたのかな。
まぁいいや。昼飯食ったら寝よう。
マンションの3階。最近の俺の住居はここだ。
マンションの入り口でカードを差し込んで自動ドアを開ける。今時のマンションは面倒だ。
エレベーターで3階まで登り、一番端まで歩いていく。
扉の前まで来て鍵を差し込むと、回す前にカチャッと空いた音がして。鍵を抜くと、ドアが開いた。
「おかえり」
クセのない、流れるような黒髪と、ダルそうで、濁りない黒い瞳。だが、オフの時だけ掛ける銀の細縁眼鏡がクソだせぇ。
彼、山下祥真《やましたしょうま》は、世に言うイケメンなんだろう。ただ、なんというか無頓着だ。それが寝癖頭や銀縁眼鏡で伺える。
「ただいま」
だが、それが安心するんだ。
家の中に入って一呼吸。怠そうな足取りで先にリビングへ戻る祥ちゃんの足音を聞く。
それから靴を脱いで洗面台で顔と手を洗ってリビングに入る。
どうやら換気のためにリビングのドアもベランダの窓も開けっ放しにしているようだ。テレビが、昼の情報番組を映していた。
「疲れた」
「夜勤?」
「そう、クソ上司とクソ先輩に振り回されたよ」
「あぁ、よく話してる人ね」
情報番組では、Artemisの立て籠り事件が報道されていた。
やべぇ、写ってたらどうしよう。
と、冷や冷やするが、祥ちゃんは穏やかな顔をしてコーヒーを置いてくれた。
「ありがとー」
「ん。
物騒な世の中になったもんだ」
あんたが言えたもんでもないが。
どうやら祥ちゃんは大してニュースは見ていないらしい。
「そうだねぇ」
ちょっと居心地が悪いので、取り敢えず着替えることにした。
ソファから立ち上がり、開け放たれた隣の部屋(というか目の前というか)に入り、部屋着に着替える。
ふと見ると祥ちゃんは、堂々とソファに寝転んでいて。
だがそれも、わりと最近見慣れた景色で。
「祥ちゃん」
「ん?昼飯食べる?」
「あ、うん」
返事をすると、今寝転んだばかりだろうに、わざわざ起き上がってキッチンに立ってくれて。
「いいよ、自分で」
「温めるだけだから。それに潤にはあんまこれ使わせたくないの。前ブレーカー落としたじゃん」
「…うるさいなぁ、大丈夫だよ」
「はいはい、大人しく座ってろよ」
無駄に家庭的。はっきり言って超助かる。俺が女だったら嫁になりたい。
しかし、俺たちの関係は、実はそーゆーものではない。
確かに祥ちゃんは、俺の家の合鍵を持っているけれども。そしてこうやって気が向いたら来ているのだけれども。
「祥ちゃんさ」
「何?」
「いつ来たの?」
「うんとね、昨日」
「あー、マジごめん」
「別にいいっすよ。仕事ならね」
まぁ仕事だったんですけど。貴方に言ったら多分イヤな顔をされる仕事でしたよ。
電子レンジが鳴る。「はい、オムライスですよ」と、祥ちゃんは嬉しそうに微笑んで俺の前に置いてくれた。
「わーい!いただきまーす」
「召し上がれ。好きだねオムライス」
いや、祥ちゃんの飯が好きなんですよ。
「いや、祥ちゃんご飯がいいんですよ」
「あらそうですか。それは作り甲斐がありますなぁ」
テーブルに座り、前に出されたオムライスを俺が黙々と食ってるのを、祥ちゃんは楽しそうに眺めている。いつの間にか眼鏡を外していた。
口元の小さな黒子。笑顔が妖艶に引き立つアイテム。
「うまい?」
「うまいうまい」
「よかったよかった。君はこちらから餌を与えないと摂取しないからな」
「うん、そうだね」
「自信満々に言うなよ。良くないからね」
「はーい」
ものの5分で完食。うまかった。
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