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「どうして、誰が…」
「…そんな小説でも書いたらさ、面白いかな?」

 急に砕けたように言うので拍子抜けした。

「え?」
「俺、小説家になれるかなぁ」

 いまのは…。

「…面白いけど、面白くないです」
「そっかぁ」

 真偽の程が定かじゃない。

「その物語の大筋がわかりませんから」
「そっかぁ、考えてなかったな」

 そう言って笑う浦賀先輩になんで、なんで私は若干腹が立っているんだろう。

「だってさっき、スクールカウンセラーになりたいって言ったし」
「あぁ、言ったわ」
「どうせなら、近道してみるのもいいと思いますけど」
「近道?」
「うーん、なんて言うのかな…まぁ私が言えることでも全然ないんですけどね。人によって生き方みたいなのってあるから。けど、なんか先輩見てると、遠回りしてるように見えるから。
 私のお兄さんを思い出すんですよねー」
「…なんかあんたも大変そうだね」
「大変ではないです。わりと私は近道タイプです。多分」

 近道、というわけでもない気がするけど。
 人には恵まれた。その人たちに私はどれだけ道を照らしてもらったのだろうか。

「やっぱり変わってるよね、あんたさ」
「先輩ほどじゃないです。寒空の下に突然プールに浮きません」

 そう言うと浦賀先輩は笑った。

「あ、でも。
 寒空ではないですが、小さい頃に、雨に打たれまくって心優しいお兄さんに拾われたことならあります」
「なにその捨て猫みたいな話」
「お兄さんも言ってました。そのお兄さんは捨て猫とかほっとけない人なんですよ」
「それもそれだな」
「その人がいま捨て猫みたいになってそうなんですけどね。どこでどうしてるかな。
なーんてね。これは小説にどうですか?」
「…いいんじゃない?なんか面白そうじゃん」

 そう言うわりには全然笑ってなくて。
 やはりこんなときは手の内をちらっと見せておけば相手も食いつくものだ。

 結果私たちは、始業式には出なかった。
 ずっと屋上で“物語”を語っていた。

「とある女の子の話ですよ。
 女の子の家庭は絵に描いたような荒みかたをしていました。
 ある日女の子は母親に家を追い出されてしまいます」
「母親と喧嘩でもしたのかな」
「きっとそんなところでしょうね。
 女の子はどうしたらいいかわからず、ひたすら雨の中を歩き続けます。だけど流石に疲れたので少し休んでいました。
 そこはアパートの一角でした。平日の昼間だし雨だし、声を掛けて来る人なんて宗教勧誘くらい。もちろんそんなのは怖いので無視。
 そんなとき、そのアパートに住む一人のお兄さんがぼーっとしながら帰ってきました。階段に座っている女の子をみてびっくり。これもテンプレみたいな驚き方でした。
 しかし彼はまず、傘を渡してくれて、そして、寒いだろ、てかそんなとこにいたら皆びっくりするし迷惑だから!と言って家にあげてくれます。
 色々な事情を抱えた女の子。お兄さんは女の子の話を聞いて同情したのか、そのまま一緒に暮らすことになりましたとさ」
「うーん、おもしろいけど掘り下げたいよね。色々な事情ってなんだよ!とかさ。それだとお兄さんちょっと変態っぽいよね」
「まぁまぁここは雑談ですから。将来の作家さんが考えてください」
「えー。
 じゃぁテンプレパターンはそうだな…捨て猫みたいなんだから親に捨てられたとかね。同情パターンだと両親が重い病で寝たきりとかね。
 あ、でも追い出されてるのか」

 先輩はうーんと唸りながら考えていた。

「めっちゃ借金あったとか」
「あー、いいかも」
「じゃぁそれにしよ」
「先輩のは?私考えます」
「うーん、俺のか…。そうだなぁ…。
 仲が良い4人組がいました。4人中2人には弟、妹がいて、結果6人、仲がよかった。
 エスカレーター式の学校に入っていたので小さい頃から高校までずっと一緒に過ごすはずでした。クラスや学科が違えど、小学校の頃からずっと6人で交換日記をしているくらいに仲良しでした。
 しかしある日事件が起きます。
 一番年下の、可愛がっていた弟分が、突然自殺をしてしまいました。それから6人はなんとなく疎遠になってしまいました」

 これにはなんて言っていいのやら、わからなかったけど。

「ミステリー要素あり?」
「…自殺には不審な点がいくつかあり、自殺の数日前、実は6人、集まっていた。そして喧嘩というか衝突をしていた。
 自殺をしたやつとその兄貴は数日前に少し喧嘩をしていた。兄貴は大して弟の話を聞かなかった。それは、6人で起きた揉め事の渦中の話だった。
 弟はとても内気なやつで謝ることしかしなかった。だから兄貴は、真偽が知りたかった。黙って弟が話してくるのを待っていた。
 無言で弟は語ってきたのだと、あとで後悔をした」

 その弟さんの命日が、この前だったのか。
 そしてお兄さんが多分、浦賀先輩なんだろう。

「弟さん、なんて語ったんですか」
「あ、それいいね。それ、書いてみようか」

 先輩はまだ小説の話をする。どこまでが本当か嘘かはわからないけれども。

「交換日記に書いてあった、とかどうですか?」
「あー…。
 それは技量が試されるね。夢を書くか、絶望を書くか」

 浦賀先輩は表情を変えない。一貫して飄々としている。

「作家になったら読みますよ」
「なるかなぁ」
「スクールカウンセラーかな?」
「どうかなぁ。将来なんてわかんないや」

 きっとその大きな事件から動けないんだろうな。だから、なんとなく、諦めたくても諦めきれないような態度なんだろうな、全体的に。

 例えば生徒会だってそうだ。捨てたくせに知り合いに任せてしまったり、いまだって過去を、語りたくないのに語ったりしている。

 少しわかる気がする

 もう何回目だかわからないチャイムが鳴った。結構話した。

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