10
今日のバイトは至って暇だった。早めにお店を閉めることになり、残り時間はゆっくりと過ごした。
ふと思い出して、私はみっちゃんにメモ帳を渡すことにした。
「はい、これ」
「ん?」
「交換日記だって」
そう言って渡すと、昨日書いたであろうメモ書きを見てみっちゃんはマリちゃんを睨むように見た。
「これ、俺が書いた?」
「書いてたよ。号泣しながら書いてたよ」
「うっわー…」
「光也、お前…」
柏原さんとマリちゃんもメモ帳を覗き込んでいた。両サイドから覗き込む二人を左右それぞれ睨み付けて赤面してから、
「観ちまったじゃねぇかよセルマ…!」
と、みっちゃんは柏原さんを叩いて言った。
「これはキテるなお前。俺だって読んじまったじゃねぇかよエリス…俺はハンスまで読んだよ…」
と、互いにげっそりしながら言っていたのだ。
再びセルマ病が再発。マリちゃんも暗い顔で、「セルマはヤバい…」と言っていた。
「ズルい。そんなに言うなら私も観たい!」
と言うと、
「あぁ…観たら?死にたくなるよ」
「うん」
「いや、俺はセルマを愛すから」
と言う返事。
なんだ気になる。なんなんだろう。しかしそう言われると怖い。
「あー、死にたいよ…てか俺何してんだよ止めろよ真里!」
「いや無理。あんたどんだけ自分がヤバかったかわかんないでしょ?まわりから見たら異常だよ」
「んなのこれ見りゃわかるよ!
え、てか待って、小夜、これ交換日記って…」
「そのメモ帳先生に渡したんだけどさ」
「…これは俺の死体と共に燃やしてください。本当に今羞恥心と自殺願望と絶望で、とにかく希望がありません。殺してください」
「怖ぇよ流石に!面白いから殺さねぇよ!」
「うるさい黙って。取り憑くよ?」
「わ、やめて。お前はガチでやりそう」
「光也さん、俺ならいつでもウェルカムだぜ」
「それすら嫌だ。消えたい」
「待って、みっちゃん消える前に待って!そのあとのページとか開いて見て!」
みっちゃんは少し泣きそうになりながらお酒を煽るように飲んだ。飲んで記憶を消してしまいたいらしい。嫌々ページをめくると、先程までとはうって変わって「おぉっ」と、興味深そうに眺めていた。
「え、これなに?」
「それね、みっちゃんの本のラインナップを見た先輩が、「面白いね」って言って書き残したらしいんだけど、私は見てないんだ。
先生がそれを見て、交換日記みたいねって」
何ページかめくって見ていた。
「もしかして先輩って、あの子?」
と柏原さんがふと聞いてきた。
「はい。あともう一人いるんですけど、その人が凄く海外書物好きらしいです」
「まさしくハンスじゃん」
「うん…」
「光也のメモ書きを見て、これを書いたの?」
「はい、そうです。なんて書いてあるか、私も見ていい?」
みっちゃんがメモ帳を見せてきた。見てみると、
ゲーテ ファウスト
ヘルマン・ヘッセ 車輪の下
ヘミングウェイ 老人と海
イプセン・ヘンリック 人形の家
泉鏡花 十六夜
司馬遼太郎 燃えよ剣
が書かれていた。
そして次のページには。
“鳥は卵からむりやり出ようとする。卵は世界である。生まれ出ようとする者は一つの世界を破壊しなければならない。”
と、書かれていた。
「あぁ…なるほど」
なんとなく、すとんと、胸にひとつ落ちた気がした。
「あのね、みっちゃん」
「ん?」
私はなんとなく。
なんとなく、先輩について。
この前の事件についても、みっちゃんに話そうと思った。正直に、素直に。
「この人、変な人なんだ」
自然と話していて。
何故か柏原さんもマリちゃんも、あの事件の時、みっちゃんに話したらヤバそうだね、なんて言っていたのに。全然止めずに聞いてくれて。
話終わったら少し寂しくなった。
「小夜、」
「みっちゃん、怒った?」
みっちゃんはだけど予想に反して優しい眼だったから。
「いや、別に。でもそうだなぁ…」
そう言うとみっちゃんは何かを考え、閃いたのかボールペンを胸ポケットから出して何かをすらすらと書いた。
「はい、これ。交換日記」
「うん…」
そこに書かれた英文の意味を、私には理解することが出来なかった。真里ちゃんや柏原さんも、
「え?どーゆー意味?」
とか、
「筆記体綺麗だね」
とか言っていた。
「こいつに届けばそれでいいや」
なんだろう。
「気になる」
「小夜も読んだら?『老人と海』」
「…来たら読む…」
また、読書の幅が広がってしまった。
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