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俺が漸く復帰すると、ほとんどオープン作業は終わっていて、後は看板出して開店するだけだった。
「みっちゃん大丈夫?」
「うん、なんか治った」
「ならよかった」
そうやって笑う小夜がいつも通りで。
やっぱ何を考えすぎてたんだろう。
あれ、てかそう言えば。
「小夜、そう言えばさっき何か言おうとしてた?」
「あ、うん」
だがちょっと心が整ってない。白州を一杯一気に飲んだ。
もう一杯目を注いだとき、「実はね、内緒だよ?」と嬉しそうに言うので耳を傾ける。
「好きな人がいるかもしれないの」
吹き出すように噎せた。気管支に入ってかなり咳き込む。たまたま看板出しに通りがかった真里が思わずこっちを凝視している。
「え、みっちゃん風邪?」
「違う…大丈夫」
予想通りだが直接聞いたらより心に刺さった。
「光也さん…あんたいま物凄く漫画みたいだったよ」
心配そうな顔して真里が言う。うるせぇな、メンタル一気にやられたわ。
「れ、恋愛相談?」
「うーん、なのかなぁ?」
客も当たり前ながらまだ入って来ないからか、真里はカウンターに座った。
仕方なくウィスキーを手に取り注ぐと、間違えてラフロイグを渡してしまい「俺はこれあんま好きじゃないよ」と言われる失態。
山崎を出した。
「ごめん、真里そう言えば嫌いだって言ってたな」
仕方なく俺が飲む。薬っぽさ堪んない。
「まぁいいけどね」
「なんだよ従業員全員サボりやがって。俺も混ぜろや」
おっさんもキッチンから乱入。
「え、みんな集まっちゃったの?」
「これは光也のせいだね」
「まぁいいんだけどね。
私ね、ちょっと気になる相手がいるんですよ」
「えー?おじさんそーゆー話好きぃ」
「おっさんキモい」
「うん、いい歳してヤバい」
「俺はな、お前らのように輝きのない若者じゃないんだよ。で?で?どんな?」
本気で目ぇ輝かせやがってこの中年。こっちはなんとなく聞きたくないよ。
「どんな…うーん。
先輩なんですけど、でもなんか、自分でも好きかどうかなんてわからないんです。ただまぁ、少し気になると言うかなんて言うんだろう?」
「気になるっていうとさ、例えばその人のこと考えちゃうとか?」
「うーん…なんだろうなぁ。
その人、なんか所謂ヤンキーというか…」
「えっ」
ついにそんなもんに憧れを抱いたのか小夜。ダメだ。この時期にそれは完璧に受験落ちるぞ。
「いやでもヤンキーじゃないんだよなぁ…」
「え、どゆこと?」
全員がノリ始めた頃に一組目のお客さんが来店、そこで話が一時中断した。
いつも通り緩く混んでそれなりに忙しくしていたら、それも忘れられた。
閉店近くになってふと、一人で飲みに来た女の人がいた。なんとなく落ち着きのある感じが年齢を読めなくしている。服の趣味やら静かさやら、俺よりも年上だろうか。大層な美人だ。
端のカウンター席に座って長い髪を耳にかける姿が落ち着いた色気を感じる。下手すりゃ10歳くらい上かもしれない。
「すみません」
これまた落ち着いた心地よい声色で呼び掛けられた。その人は静かにモヒートと、もやしのナムルを頼んだ。
合わなそうだ。
「みっちゃんみっちゃん!」
小夜がひそひそと話しかけてくる。
「スッゴい綺麗!あの人!」
「そうだな」
気付けばお客さんはその人と、もう一組のカップルしかいなくなっていた。
「光也ー暇だよぅってうわぁ、美人!」
キッチンからふらっと現れたおっさんがカウンターを見てそんな反応。その人は困ったような顔をして、「おすすめ、ありますか?」と穏やかに聞いた。
「あ、あぁ、失礼いたしました。いや、あまりに綺麗だったんでつい…」
「おっさん、そーゆーのよくないな。
すみませんね、ウチのオーナーなんです」
「あら、そうなんですか。お若いですね」
「若輩者です。柏原と申します…」
すげぇ、あのおっさんがたじたじしてるよ。
ここは一歩身を引こう。あーゆータイプは一人で静かに飲みたいだろう。
だがその読みは外れたらしい。その人はわりとおっさんと話していた。主にメニューの話だけど。
そのうちカップルが会計を切り出してきたのでレジに行こうかと思ったら、おっさんが、「光也、彼女にモヒート出してやって」と言ってくる。自分でレジに向かい、すれ違うとき、
「あの人多分お前向きの客だよ」
とだけ言い残した。
よくわからんがまぁ、モヒートを持っていくと、その人は微笑んで、「ありがとうございます」と言った。
よく見れば右手の薬指に指輪をしていた。あぁ、だからこんなに落ち着いているのか。しかし、だとしたらこんな時間にどうして一人で来たんだろう。少し気になる。
「こんな時間に一人なんて、珍しいですね」
「前々からここ、来てみたかったんです。来る機会がなくて。たまたま時間が空いたから、寄ってみたんです」
「そうですか…」
それから彼女はグラスの水面を眺めていた。どうも、遠い目をしている。
「あなたは、ずっとここで働いているの?」
「はい。出来てからずっと」
「そうなんだ。なんとなく、そんな気がした」
それから少し、その人と話をした。
それでわかったことは、彼女はこの近くで花屋をやっているらしい。名前は|雪子《ゆきこ》さん。それだけしかわからなかった。
帰り際、「また来てもいいですか?」と言われたので、「もちろん、いつでもどうぞ」と無難に返す。
違和感はある。
花屋なんて店閉めてから来るとしたら、こんなに遅くはならないだろう。何かきっと訳ありなんだろうな。
「あ、そうだ」
「はい?」
「帰り、気を付けてくださいね。女の人の一人歩きはあまりよくないから」
そう言うと雪子さんは緩やかに微笑んで、「ありがとう、近くだから大丈夫よ」と店を去った。
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