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 ずっと考えた。いや、ホントは一瞬で、真里の一言で決まったのかもしれない。それくらい本当は想いなんて決まっていたのかもしれない。
 でも今はそう、まだ全然そんな段階じゃない。ちょっと突っ走っていた。

 目の前のことをまずは片付けよう。逃げるのは止めよう、バカみたいだ。

 いつも通り緩く混んで、だけど引きが早かった。本来ならば早めに閉めようかと言う感じだったが、それもなかった。
 よく考えれば雪子さんが来るようにはなってから一度も、早く閉めることはなくなった。

 21時頃になって客入りが完全に落ち着いてしまった。それどころかオーダーも入らなくなってしまい、小夜の上がりと同じ頃、最後のお客さんが席を立った。流石にこれは店を閉めるだろうと思っていた時だった。
 雪子さんは現れた。いつもとは少し雰囲気が違う、明らかなる正装、喪服を着ていた。

「あら、入っても大丈夫?」
「はい、どうぞ。こんばんわー!お待ちしてましたー」

 おっさんが雪子さんを見るなり俺をちらっと見てから挨拶をした。

「あれ、もしや…?」
「あぁ…ちょっと…。長野から帰ってきたんですよ」
「長野?」
「ええ。
 光也くん、カシスオレンジください。
 旦那が長野だったんで…。まぁ、ご両親に会ってきました」
「あぁ…なるほどねー…」

 これは雲行きが怪しすぎるぞ。

 カシオレを出すと、「ありがとう」と微笑んで受け取り、一口飲んだ。

 小夜がちょうど着替え終わり、客席に出てくる。雪子さんを見ると挨拶をして何故かまたバックヤードに引っ込んだ。

「実は…昨日が命日でして…。少し顔を出してきました」

 誰がと言わなくてもわかる。旦那さんだろう。

「何年になるんです?」
「5年ですね。
 向こうのご両親がね、貴方も良い歳だから良い人見つけなさいって、逆に心配されちゃった」
「良い歳なんですか?まぁあんまり女性に聞いちゃいけないんでやめときますけど、そんなに焦る歳でもなさそうに見えるけどなぁ」
「あらあら、おっ…柏原さんお上手ね。
ごめんなさい、光也くんの移っちゃったわ!」

 楽しそうに雪子さんが笑ってる。それを見ておっさんがカウンターの下で右手の親指を立ててサイン。恐らくこれは、『いける』サインだ。

「光也だけなんですよおっさんって呼ぶの」
「でしょうね…。そんなにおっさんでもないですよね、柏原さん」
「いや、この人実際俺らよりかなり上ですよ。いくつになったの?」
「光也、言わない約束だろ?まぁ親子とまではいかなくても…若親くらいあるよね」
「えっ」

 驚いてる。そうだよなぁ。俺も初めて会ったときビビったもんな。

「若作りじじいなんです、俺」
「いや、お若い…。それって…20くらいは?」

 渋々おっさんは頷いていた。改めて聞くとそうか、そんなにあったのか。

「すごい!見えない!」

 それから少しその話をしてからおっさんはふらっとどこかへ消える。
 二人だけになった。どうしよう。少し緊張する。

「柏原さん…意外ね」
「俺も最初聞いたときビックリした」

 また少しすると小夜が客席に現れ、「雪子さん!いらっしゃいませ!」とか言って雪子さんの隣に座った。

 正直ちょっと助かる。おっさんが後ろを通ってキッチンに戻ってっ行ったのはきっと差し金だろう。

「あら、小夜ちゃん」
「こんばんわー」
「いつも遅くまでご苦労様。
 小夜ちゃん、そろそろ卒業?」
「私来年なんですー。あ、でも今日卒業式でしたよー。
 あ、そうそうこれ!」

 とか言って今日もらった第2ボタンを雪子さんに見せていた。

「あらぁ」
「…もらってきちゃったー。まぁホワイトデーだし?お返しにもらってやりました!」
「あ、もしかして告白した子?」
「そう!まぁ実はね…」

 女子トークが始まった。二人してもの凄く盛り上がってるしなんとなく邪魔かなと思い、途中でタバコを吸ってキッチンにでも行こうかと思ったが、雪子さんがちょうど白州ハイボールを頼んだのでそれを出した。

 何か小夜が目で合図してるな。やけに目が合う。

「でもその子、ホントに小夜ちゃんのこと好きだったのね」
「そう…かなぁ…」
「いいなぁ、なんか初恋を思い出しちゃった。私も苦い思い出だったけど、思い返せば、やっぱり素敵な思い出だった」

 ちょっとそれ気になる。

「あ!そうだ!」

 いきなり小夜が大声で言うから少しビックリした。

「びっくりしたぁ…」
「あ、ごめん。
 雪子さん、その話ぜひ今度聞かせてください!」

 え、どうしたんだろう。

「柏原さんに雇用契約書の更新についてちょっと…」

 そう言って軽く頭を下げ、席を立った。

 俺、そんなの一回もなかったけどな。やっぱバイトだったり高校生だったりすると面倒なのかな。

 再び二人になった。小夜はなんだかんだで慌ただしいやつだなぁ。漸くゆっくり出来たような気がする。

「そうだ、雪子さん」
「どうしたの?」

 バーカウンターの下にある冷蔵庫からアップルクーヘンを取り出して渡した。
 受け取りながら驚いてる。

「アップルクーヘン…」
「うん…?」
「あの、パウンドケーキみたいなやつ」
「ありがとう…」
「バレンタインのお返しです…」

 照れ臭いな、やっぱこーゆーの。
 雪子さんを見れない。あまりにも照れ臭い。
 しかしここは男だ、意を決して見つめると、雪子さんも結構真剣で。こんな時に、目が綺麗だな、とか思ってしまって想いが溢れてしまうようで。

「あの、」
「はい」
「その…。
 今度、ご飯行きません?この前は雪子さんの行きつけを教わったから、今度は俺の行きつけにでも…」
「あ、ええ…はい。ぜひ、行きたいです」

 少し間を置いて実感。
 これ、オッケーか。

「お、おぉ…」
「え?どうしたの?」

 漸く二人の間の緊張が解れた。

「い、いや、」

 ヤバい。嬉しすぎるぞこれ。多分にやけてる。

「光也くん、顔に出やすいね」

 そう言って微笑むのが本当に綺麗で。

 頃合いを見計らったかのようにおっさんが料理を出しに来て、「お前何嬉しそうな顔してんだよ」と茶化された。

「二人だけの秘密です。ね?」

 そう鼻の前で右手の人差し指を立てる姿が本当に愛おしくて。

「はい、そうですね」
「そっか。まぁいいや」

 珍しくおっさんが引き下がってくれた。

 さて、何処に行こうかな。考えておかないとなと、思考を巡らせた。

 まずは一歩前進、自分の中で整理がついて、想いもよりはっきりした。

 俺はどうしようもなく、雪子さんが好きだったんだ。

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