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 それから熱を測らせると36.7。下がってきてる。あとは本当に喉だけのようだ。

 俺が買ってきた喉の薬を飲ませて二階に連れて行った。もう一眠りで、きっとよくなる。

「でも…」
「ん?」
「|伝染《うつ》しちゃったらどうしよう」
「大丈夫、きっと」

 まぁ俺、伝染りやすいほうだけど。

「心配しないで。もう一眠り」

 そう言ってベットの中の雪子さんの頭を撫でていると、自然と小さな寝息が聞こえてきた。

 寝顔を見ているだけでもう、幸せで。考えてみる。

 俺、上手くいったんだな。ただ後先考えてなかったな。でもまぁいいか。

 早く良くなってくれると良いな。

 気付いたらそのまま雪子さんの横に突っ伏すように寝ていて。

 だけどとてつもなく悲しい夢を見て息が詰まる思いで起きた。
 起きたらベットに雪子さんは居なかった。肩には薄手の毛布が掛けられていたらしく、パサッと落ちた。

 居間かな。

 降りてみると雪子さんは料理をしていた。もうそんな時間か。

「起きた?」
「おはようございます…具合は?」
「ちょっと咳が出るけど、大丈夫。ありがとう」
「いえ…」
「お礼に夕飯。久しぶりに作ってみる」
「はい…」

 昼間よりも顔色が断然良い。笑顔もいつも通り、明るくなっている。

「確かに、具合良さそうですね」
「元気出た。本当にありがとう」
「いいえ。俺あんまなんも出来てないけど…」

 台所に立つ雪子さんの隣に立ってみて、なんとなく、あんまり料理は得意じゃないのかもしれないと思った。

「雪子さん」

 ちょっと可愛いから後ろから抱きしめてしまった。包丁持ってないし、大丈夫だろう。
 一瞬びくっとしたけど、「光也くん?」と言う雪子さんの声に動揺と別の感情が読み取れて。

「夕飯と闘病?ご苦労様です」
「うん…あのね」
「はい?」
「親子丼」
「うん」
「作ろうと思って。これならなんとか、作れるの」
「わかりました。楽しみにしてます」

 髪の毛がするすると滑って指通りが心地よい。もうちょっとこうしていたいけど、邪魔しちゃ悪いなと思い少し離れると、少し寂しそうに、照れ臭そうに振り向いて。身長差からちょっと上目遣いなのがまた堪らなくて。

「…頑張って!」

 ちょっと変な気が起きそうなので取り敢えず離れて大人しく居間で待つことにした。

 ぼんやりと仏壇を眺める。遺影の旦那さん、わりと良い男だなぁ。
 いや、顔はきっと普通くらいなんだけど、日に焼けた肌とか、だけどすっきりした顔立ちとか、でもなんとなく、骨格がはっきりしてそうな感じで。

 凄く素敵な、満面な笑みで縁に収まっている。顔だけでもう、人柄が良いとわかるような写真だ。

 飾られた花は仏花という感じではない。多分、店の花なんだろうな。

 ここにきてまた少し不安になった。

 さっき見た悲しい夢。それは。
 自分以外のすべてが亡くなる夢。自分一人が暗闇に取り残される。失った人や物は全て、この世界で俺なんて初めからいなかったかのように生活をしていて。

 新鮮でもあった。けど孤独でつまらなかった。喪失感と虚無感を感じたことに意外性があった。

 いつから、こんなに人といるのが当たり前になっていたんだろうか。
 これだけで、寂しいと思えるほどに。

 ふと横を見れば雪子さんが台所に立っていて。

 そういえば真里と小夜はどうしたのかなと何気なくケータイをポケットから出した。
 あれから不在着信が一件。小夜からだった。しかしこれも何時間か前で、メールも届いていた。開いてみると、

今どこにいるの?

 とだけ書かれていた。

 心配させているらしい。取り敢えず、メールで、『雪子さん家』とだけ返したらすぐに、『いつ帰ってくるの?』と返ってきた。

 それには何も返さないで電源を切った。

 何してるんだろうな、俺。勢いに任せて来たはいいがどうするつもりなんだろう。

「光也くん」
「はい」

 振り向くと雪子さんがにっこり笑って手招きをした。

「味付けどうかな?」

 すぐに台所に行った。小皿に出汁をよそってくれて、味見する。

「何回か味見してたらわかんなくなっちゃった」
「なるほどー。ちょっといじっても良いですか?」
「はい」

 確かに、試行錯誤感のある味だ。一度火を強めてみて、煮だったところで一度味見。
 やっぱり。酒系が全て飛びきってなかったな。そこで本だしを加えて火を止めた。

「これでどうだろう。でも多分味見しても今よくわからないかな?ちょっと休憩してお茶でも飲みましょうか」
「うん」

 急須に茶葉を入れてポットのお湯を入れた。ポットのお湯が減ってきていたので水を上から足しておく。

 掘り炬燵に入った雪子さんの前にティーカップをひとつ置いて注ぐ。

「お茶なのにティーカップなんですね」
「そうなの。私、実は紅茶ばかり飲んでたんだけど、長野のご両親がお茶をたくさんくれてね」
「なるほどねー」

 俺もティーカップにお茶を注いでしばらく待った。よくみると雪子さんもすぐには飲まない。

「もしかして雪子さん…猫舌?」
「え?うん…」
「実は、俺もなんです」
「あら、意外な共通点。
でもなんか光也くんはそんな感じする」
「そうかなぁ」
「うん。なんとなく。お酒も寒いのにお湯割りとか飲まないわよね」
「熱いもん。物によってはお湯割りの方が美味いのもあるけど俺は水割りで良いや。アルコール飛ぶの早いし、お湯は」

 そういえば雪子さん家、酒ないな。

「雪子さん家、あんまりお酒置いてないね」
「うん。大体飲むときは飲みに行ってるから」
「あぁ、そっか」
「さぁて!最後の仕上げだ!」

 そう言って雪子さんは立ち上がった。

 生き生きしてるなぁ、雪子さん。
 俺もちょっと手伝おうと思ってどんぶりにごはんを盛った。

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