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二人手を繋いで外に出て、小夜がじっと俺を見上げているのに気付く。
「どうした?」
「…ケンカ?」
「あぁ…、違うよ。
姉ちゃんは姉ちゃんなりに心配してくれてんのかもね。わかんないけど。いつもあぁやってちょっと渇を入れられるんよ」
「…怖い?」
「あぁ、怖い怖い」
そう言って笑うと、小夜もようやくほっとしたようだった。
「そだ、小夜ん家行こっか」
だがそう言うと今度は、途端に小夜の表情が強ばる。
「別に家に一人で返そうってわけじゃない。ほら、一緒にいるなら荷物とかだって取りに行かないとな?」
しぶしぶ頷いてはいるが、なかなか足が進まない。
「まぁ後でもいーや」
そう言ってから少し歩いて振り返った。その後ろを着いてくる。ようやく、散歩スタート。
「…いっぱい歩いた。遠い」
とは言っても子どもが歩いて来れる距離なんてそんなでもないはずだ。
「後で行こっか。姉ちゃん車で来てたし」
「…名前…」
「…ん?」
「…お姉ちゃん、名前」
「あ、あぁ!すみこ。
遥か彼方の遥かっていう字に子供の子。小夜にはちょっと、難しいかな」
小夜は硬い表現で頷いた。思わず笑ってしまった。
「そのうち勉強しよう。
俺の名字もちょっと難しいんだぜ。志摩って言うんだ。三重県の昔の名前らしいんだけどさ、俺三重なんて行ったことないんだ」
より迷宮入りした顔をしている。まぁいい。いつか教えれば。
「みえけん?」
「そう。ここよりもずっと遠くにある。電車とかだと、乗り換え何回もする。関西の方かな。俺の産まれたとこ、少し近いよ」
そう言うと小夜は少し考え込んだようで、俯いた。まぁいいかと歩いていると忘れた頃に、「行きたい!」と、突然言い出した。 いままでで一番はっきりと大きな声だったので少しびくっとした。
「おぁっ!びっくりした…」
行きたい?ついに家に帰りたくなったか?
「みえけん、産まれたとこ?」
「え?いや、京都だよ?」
「きょうと…」
また難しそうな顔して俯いてしまった。
ホント、変なやつ。
「面白いな、お前」
なんだかまた笑ってしまって。そんな俺を不思議そうに見ている小夜がまた新鮮で。
自分が子供のとき、こんなんだったかな?こんなんだったかもしれない。世の中わからないことがありふれていて、なんでもかんでも知りたくてしょうがなかった。そんな当たり前が数えきれないほどたくさんあって、たくさん興味もあって。
「小夜はいいなぁ」
「?」
そのほとんど、知れば大したことがなかったり、知らなきゃよかったことがたくさんあったけど。
「まだまだ大人になれるんだもんな」
「それって怖い?」
「怖いよ。きっと物凄く怖いけど」
そうやって生きていくんだ。そんな当たり前を俺は小夜よりも何倍も繰り返してきたんだ。
「やだなぁ…」
「小夜は臆病だなぁ。でもね、そんな悪いもんでもないよ、怖い物も」
「……」
「大丈夫、俺も臆病者だから。さっきだって姉ちゃんに腰抜けって言われたし」
「…悪くない?」
それには何も答えなかった。
「さぁ帰るか。あんま遅いと姉ちゃん怒るから」
「…嬉しそう」
「そう?全然嬉しくないで」
紫陽花通りまで行って引き返した。小夜も、さっきよりは気分が晴れたようで良かった。
「お家…、あっちの方」
ふと小夜が、紫陽花通りの目の前にある道路の左を指した。
「近くに何がある?」
「…田んぼと線路」
「んー…店とかは?」
「…ご飯屋さん」
皆目わからん。
「…お父さんと行った…スーパー?」
「看板とか、なんて書いてあった?」
「…字、わからなかった。けど…クローバー書いてあった」
クローバー…思い浮かばないなぁ。
「まぁゆっくりでええよ。よく頑張ったな」
そこから帰るまでずっと、小夜の家を考えていたが、なかなか思い浮かばなかった。小夜とちょくちょく会話をしているも、あんまり入ってこない。だが、ひとつ重要なことに気が付いた。
「小夜!」
俺がいきなり呼んだので小夜が一瞬ビクッとなってしまった。
「あ、ごめん…。
小夜、てか、普通に喋れるようになってるやないか!」
小夜もそれに気付いたのか、はっとした顔をした。
「ほんとだ」
なんだか嬉しい。
「やったじゃんやったじゃん!」
思わず抱っこしてしまった。が、予想よりは重かった。そして俺の腕力も自分の予想より、なかったらしい。すぐに降ろした。
「あはは…。くそぅ、俺の貧弱!」
まぁね、昔ね、バスケの補欠やってた時の方がまだ筋肉あったよ。昔っていつだよ。10年近く前じゃないか?高校なんてさ。しかも補欠。最後に体重計ったときなんてBMI平均以下だったよ。こんな時にこれが足引っ張るなんて!
一人へこんでいると小夜が何か心配そう。大丈夫、折れてないぜ。心以外はな。
「大丈夫…?」
「大丈夫…」
傷心状態で家までついた。ヤバい。シャキっとしないと姉貴にどやされる。
ドアを開けて部屋に入ると姉貴は、何やらノートパソコンを忙しなく弄っていた。ちらっとこちらを見ると、
「おかえり。小夜ちゃん、どうだった?光也、これ」
と言い、パソコンを指した。仕方なくパソコンを覗く。開かれていたページは“失声症《しっせいしょう》”だった。
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