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「好きです!」
理穂に突然告白されたときは驚いた。確か、小学校3年生の時だった。
「いや…ちょっと」
その場で思わず断った。
確かに理穂のことは好きだ。だが、そういう好きじゃないのは、小学生でもわかった。
「理穂…マジかよ…!」
しかも理穂はよりによって、みんなの目の前で告白してきたのだ。
断ってすぐには理穂も理解が出来なかったようだが、少し間を置いてからぼろぼろと涙を流し、「お、お兄ちゃぁぁん!」と、一喜の胸に飛び込んで。
「あ、あぁ…」
「またかよ理穂」
「え?」
「この前はクラスの子に告白してダメだったって俺に言ってたよ」
「え、えぇ!? そ、そうなの!?」
確かに俺もそれは聞いた。しかし歩、それは果たして今の一喜に言って良いのだろうか。
「り、理穂!それはダメだろう!マショウの女だ!お前!」
そう言ってどうして良いか分からず一喜が突き放すと、今度は「|深景《みかげ》ちゃぁん!」と泣きつく。深景は取り敢えず「よしよし…」と、理穂の頭を撫でてやっていた。
「もぉ男なんて最低よ!」
「はいはい」
「何言ってんだ理穂!お前だろ!」
「うぁぁん!」
この状況の罪悪感。どうして良いかわからない。
「もういい、あんなバカ妹!りゅうちゃんごめんな!歩も澄も行こ!」
一喜は一人怒って歩きだす。歩もぼーっとしながら一喜の後に着いて行くので、俺もそれに習う。
澄だけが、女の子二人の隣に座り、なんだか申し訳なさそうに微笑んで歩に頷いた。歩はそれを見て、澄に手を怠そうに上げるのだった。
「澄は良いやつだな、理穂とは大違いだよ!」
「そうでもないかもよ」
「なんで」
「澄は理穂が大好きだからな」
しれっと言う歩に一喜は言葉を呑む。ちなみに俺はなんとなく、澄の微妙な動作で気付いていた。
確かに澄は誰にでも優しい。だけど理穂には、もっと優しくなるし、もじもじする、ふとした時に男を見せようとする。
「えーっ!」
「え、気付かなかった?」
「うん、え、マジかよ!」
「うん」
「え、りゅうちゃん気付いた?」
「…まぁ」
「うっそ、俺だけ?」
「一喜は鈍いねぇ」
からかうように歩が笑う。一喜は恥ずかしそうに俯いた。
「男が廃るぜ」
「そうだね」
「そんなにはっきり言うなよ!」
「ふぅ…」
公園の土手にある芝生に着いて、それから歩は気持ち良さそうに寝転んだ。
空を見上げている。
歩はいつもそうだ。何かをして遊ぶと言うより、空を眺めたり、池で鯉を眺めたり、木をただじっと見つめていたりする。多分意味なんて昔からない。ぼーっとしてるのが好きなんだ。
「寝るなよ歩」
「寝ないよ」
でも目を瞑っている。寝そうだ。大体そんなとき起こすのは俺の役目だ。
「でもさ、」
寝るなよ、と言いつつ一喜も諦めたようだ。ふと俺に話を振ってきて。
「りゅうちゃんも良いんだけどさ…。澄も良いと思うんだよね。優しいし、なんて言うの?レディファースト?だし」
「それは理穂の彼氏にってこと?」
「うん。
りゅうちゃんだとさ、完全に理穂は甘えちゃうけど、澄なら二人でやってけそうじゃね?わかんねぇけど」
「うん、お似合いだと思うよ」
「だよねー。
りゅうちゃんは好きな人いる?」
「うーん、多分いない」
「多分って…!まぁ俺もいないけどね」
ふと歩を見たら、なんとなく完全に寝ているような気がした。全然目を開けない。
「…こりゃぁ寝たな歩」
「いいよ、おぶってくよ」
「流石りゅうちゃん。もうこいつの彼氏はりゅうちゃんでいいんじゃね?」
「いやダメだから」
この頃は悲劇なんて起こると思っていなかった。みんなまだまだ幼かった。でも一番、楽しかった。
そう言えばあの頃の交換日記、俺が持ってたな。
最早今日はもう寝れない。いいや、どうせなら読み返してみようかな。
ただ、かなり昔の交換日記だ。夜中に探すにしては大捜索になりそうだし、どこにしまってあるか曖昧だ。
やっぱりやめよう。
交換日記を始めようと言い出したのは、深景だった。「この方が連絡取りやすいよね」と言って、ある日ノートを持って来たのだ。
最初は男性陣が「そんなマメな」と渋っていたが意外にも、やってみれば我々の方がサクサク進めていて。大体日記を止めてしまうのは理穂だった。
一時期は理穂がずっと止めていて無くなった騒ぎになったこともある。
非文明的だが、これがなんとなくなライフラインで、俺がアイルランドに行っていた3ヶ月あまりもずっと、続けられていた。帰って来て3ヶ月分の日記を読んだ時、なんとなくな違和感を感じたものだ。
俺がいない日常。だけどたまに、手紙を送っただの返事が返って来ただの、俺の存在だけはそこにあって。
澄なんかは、俺宛の手紙みたいな内容の日記ばかりで。帰って来てから日記の返信に骨が折れたものだ。
アイルランドはとても良い国だった。ホームステイ先のサリバン一家はみんなフレンドリーで、情に熱く、国全体で見たらどこか日本に似たような国だったように思う。
たった3ヶ月だったが、あのホームステイは俺の世界観を変えた。今でもたまに気が向いた頃、娘のショーンと息子のレイとは手紙のやり取りをしている。
俺の中の初恋は多分ショーンだった。むしろ、ショーンを越える女性が未だに現れたことがないように思う。
ショーンはとても優しい女性だった。なんでも教えてくれたし、いつでも俺の体調を気遣ってくれた。
と言うのも俺は、アイルランドに着いてすぐ、時差ぼけやら気候の違いやらで体調を崩したのだ。
最初はもちろん互いに言葉がわからなくて、全然なにも伝わらなかったけれど、一生懸命に考えて行動してくれた。
体調が回復したあとショーンは、こんな時のためにと、また来るかもしれないしと言って日本語の勉強をしたいと言っていた。
お互い勉強をし合った3ヶ月になった。ショーンは、一生懸命に俺の話を聞いてくれた。
ショーンは中学の頃、今度は逆ホームステイで我が家に来た。
これが俺の初体験になろうとは、思いもしなかった。
陰画なんかより、ギリシャ彫刻なんかよりも遥かに美しい一夜となったのだった。
未だに来る手紙を読んでいるとたまに、覚えた日本語を書いてきてくれる。それが嬉しくてたまらない。
俺の中にはいつでもショーンがいる。それほどに愛しい存在となっている。
いろいろとアイルランドの記憶は俺の中で大切な一ページだ。記憶を辿ればところどころに出てくるもの。
だけどもそれがあるのはもちろん、日本での生活も色濃いからである。
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