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 小夜と別れてから母親に電話を掛けた。

「もしもし」
『一喜?』
「うん。今から帰る。帰ったら、病院にでも行こうか」

 まだ話してる最中に電話は切られた。いつものことなので慣れた。

 理穂がああなってから母親は徐々におかしくなった。どうやら鬱病らしい。一人では外にも出られない。

 父親の残業はあれからやけに増えた。なんとなく、家に寄り付きたくない気持ちも分かる。

 理穂は少し前から外には出れるようになった。が、急に身なりが派手になった。

 全てが、あの事件から変わってしまった。俺の身のまわりはほとんどが急速に、音を立てて下り坂を走り出している気がする。

 俺だけはせめて、平らな道を作って歩きたかった。

 せめて、平らな道でよかったんだ。それが、非常にわがままなことだとはわかっていたけど。俺までブレてしまっては多分、誰も足を止められないから。

 こんな気持ちは俺だけだと思っていた。
 だけど実際は、事件に直接関わった歩も、隆平も、深景も同じ思いではあったようだ。

 帰ったら交換日記を書こう。読もう。またやり直したい。

 一年かけてみんな、歯が磨り減るほど食いしばってきたんだ。

 澄、お前は本当に良いやつだった。

 だけどごめんな。
 もうそろそろ俺たちは、お前から卒業しなければならないようだ。

 忘れない。
 ちゃんと忘れないから。

 そしてお前のためにも、みんなのためにも俺は、ひとつ、やっぱり覚悟を決めなくちゃならない。

 ずっと逃げてて、ここまで掻き回して、ホント、やっぱり、お前の兄貴ほど良い兄貴じゃないな、俺は。
 ダメなものはダメ。
 単純な教育だったんだよな。

 家に入る前に覚悟を決め、一息吐いた。

「ただいま」

 家に、無駄に響く声。返事はない。

 無言で母親がリビングから出てきて、俺はそのまま母親に連れられて病院まで向かった。

 しばらく車内は無言だった。
 これは凄く都合がいい。

「母さん」

 返事はない。

「俺さ」

 ただただ無言で前を見つめ、運転する母親。

「暫くしたら出て行こうと思う」
「え?」

 やっと口を利いた。

「もうそろそろ耐えられないから」
「何言ってるの?一喜」
「ごめん。だけどもう無理だ。俺にはもう何もしてやれないんだよ」
「待って、どーゆーことよ」
「うん。すぐじゃないよ。
 わがままでごめん。だけど俺は一人でやっていきたいんだ」
「は、」
「うん、それだけ」

 それからは母親の叫びに似た質問の一切を無視した。もしもこれで母親がトチ狂って事故を起こして二人で死んでも、最早それでも構わないと思ったが、病院にはちゃんとついた。

 病院についたら一応ちゃんと母親は大人しくなったので口を利くことはなかった。

 理穂の病室について、ここでも1つ覚悟を決めて中に入った。理穂は、空虚な目で、真っ白い天井をただただ、ぼんやりと見つめていた。

「理穂」

 やっぱりこっちも返事はない。母親も荷物だけ置いてあとは葬式のような雰囲気で座っていた。

「一週間で退院だってな」

 そこでやっと理穂は視線だけを俺に寄越してくれる。

「理穂、言いたいことがあるんだ。
 お前、俺に嘘吐いてないか?」

 今度は顔をこっちに向けた。

「昔からさ、お前はしょうもない嘘を吐く。俺はそれを怒るけどさ、ちゃんと聞いてやってたと思ってたんだ。独り善がりだったらごめんな。
 聞いてやりたいんだよ、お前の嘘を。怒るけど、ちゃんと考えたいんだよ一緒にさ」
「…は?」
「お前あの日、嘘しか吐いてないよな。薄々気付いてたよ。
 澄に苛められたって言うの、嘘だよな。お前が上履き持って帰ってくるの忘れただけだよな」
「なに、今更…」
「ごめんな。もっと早くに言えばよかったんだよ。これがお前を守る方法だって思ってたから、俺もみんなに嘘吐き続けたけどさ。多分間違ってたんだよな。
 澄をクラスで苛めてたのは、お前の方だろ、理穂」
「なっ…」
「別にもういいよ。今更。だってもう、謝ったところで澄は死んじまったもん。
 俺はお前を信じてな、通夜の日に、歩にボロクソ言ったよ。歩がお前のために澄をぶん殴って殺したんだと思ったから。そこまですることなかっただろ、てめぇが死ねばよかったんだとまで言っちまったんだ。
 しかもあの日、お前、ボロボロになって帰ってきて犯人を言わないなんて。そんなの、犯人が歩なんだろうって思っちまうじゃん。お前が歩を庇ってんのかなって。
 つい最近まで、歩と俺は誤解したままだった。今も完全には解けてない」
「やめて」
「やめない。
 嘘じゃないならやめる。ごめん。でもこれが、やっぱり俺が言った通り、お前の嘘だったとしたらお前は、凄く小さな嘘で、大変なことをしたと思うんだ」

 理穂は頭を抱えて、「もうやめてよ!」と叫んだ。
 あぁ、やっぱりそうだったんだ。

「…今更仕方ないんだよ理穂。もう、戻らないんだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「だからさ。これからどうしたらいいかって話なんだよ。
 お前一人で抱えなくていい。俺だって、当事者だ。二人で、どうにか、あいつらにしてやれないか、考えないか?」
「そんなのっ…!」
「俺の覚悟を聞くか、理穂。お前みたいに死んで逃げようとか、そんな狡いことは考えてねぇぞ。
 だけどさ、俺は、あいつらが言うようにシスコンなんだ。お前を第一に守りたいんだ。だからまず、お前を軽くしたいんだよ。
 だからさ、嘘はもうやめないか?
 いいよ、あいつらに正直に話すかどうかは話し合おう。お前がどうしたいかも考えてくれ」

 俺は思い出して交換日記を理穂に渡した。

「これ、また始めたって言ったやつ。
 お前はよく溜めてたよな。
 ゆっくり考えて、ゆっくり書いて。みんな案外さ、お前のこと、待っててくれてんだよ。
 母さん、俺先に車戻る」

 それだけ言って俺はもう、病室を去ることにした。
 母親もすぐあとに無言でついてきた。

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