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 そっからまさしく、あぁ今ロンリネス状態の俺の作業効率と言えば。

 書類文書を作ってはゴミ箱作ってはゴミ箱という落ち着きのなさ。もうそわそわしちゃって仕方がない。

 北谷すら、

「古里さん気持ちわ…
 なにどうしたんですか」

 と心配される始末。ヤバい。これもう俺メンタルどうしよう。ウチの子大丈夫かしら生きてるかしら。

「きたたぃ、北谷っ、」
「噛んだ。なんすか」
「俺今日帰ってもいい?明日鬼のようにやるから帰ってもいい?」
「…あんたホントどうしたの?タバコは?」
「吸う、」
「はい、じゃぁ休憩しましょうか」

 定時まであと3時間。北谷がタバコに付き合ってくれた。

 しかし特に聞いてこないのが北谷の優しさである。ただ一言、落ち着いたのを見計らってか、「あんたさ」と静かに言う。

「何があったか知らんけど、またおかん発動してんでしょ」
「やっぱおかんかな」
「うん。おかん。
 まぁいいけどね。帰れば?どうせ文書一個も出来ないでしょ」
「すんません北谷さん…」
「…その人?」
「え?」
「さっきの。転がり込んできた人でしょ?」

 読心術パネェ。
 てか、まぁわかるか。

「お人好しなんじゃないのセンパイ」
「ははは…」
「まぁいいけど。グッドラック。
 あんた嘘下手だけど頑張って部長に嘘吐いてくださいね」
「はぁーい…」

 それから部署に戻り。

「部長すみまおぶっ、げ、ゲロ出るんでそうたおぶぇぇ」

 と、口を押さえながら渾身の誤魔化しを含めた大嘘ぶっこいてそそくさと早退。帰り際北谷は顔を伏せて肩を震わせていた。部署はその他引いていた。

 しかし早退したはいいけど俺は果たしてどうしたらいいのだろう。

 駅で少し途方にくれてしまった。気付いたらプレイミュージックででんにじをひたすらダウンロードしていた。そういえば曲とか持ってない。

 俺、実は全然知らないんだ。

 手当たり次第ダウンロードして改めて歌詞付きででんにじを聴いてみる。


静脈に流れてた 明日
空をなくした微睡みと倦怠
今更 ギブソン 捨てられない
生活感は排水溝まで

I hate music everything
I need you everytime however
I love music everyday
I hate you everybody however.


 あぁなに言ってっか歌詞付きで漸くわかった。

 あまちゃん、ちょっとふざけんな。

 頭が漸くフル回転した。
 片っ端からあまちゃん、ハゲ、げんちゃん、ふみとと掛けてみる。出ない。どいつもこいつも出やしない。

 しかしなんだ、俺は。
 だから、俺は何が出来て何がしたいの。

『君をほっとく道徳が俺の中にねぇっていうエゴ』

 本当にそうかもしれないんだけど。
 だって仕方ねぇじゃん、どうにか、つーか早退しちゃったんだもん。だって、だって…。


まだまだ何にも止まってないから
今すぐここから逃げ出したいんだ


 あぁいどんのぁぁあぁぁ!
 くそぅ、情けねぇ、あいどんのーじゃねぇよクソ野郎!何がアドレナリンだバカ!あまちゃんのバカ!俺はおかんか彼女かセンスねぇなバカ俺!これ歌詞どうなってんの、ハゲドラム冴えてんな、いや違う、早くしてよ誰か!もっかい!もっかい電話!

 と思った瞬間に曲再生がストップ。無機質なピロピロピロが耳について秒速でボタンを押した。最早誰からかわかんなかった。

「はいぃ!」
『あぁ昴?元気ですか?』

 おばぁちゃんんん!
 こんな時になんだよおばあちゃん!

「あ、あぁぁおばぁちゃん?ど、どうしたの?」
『もしもし昴?』
「うん、どうしたの?」
『最近忙しいのですか?』
「うん、うん。どうしたの?」
『この前送ったお米はどうでした?』
「あぁ、10月くらいの?炊いて食べましたよ?」

 ばぁちゃん大丈夫ですか。
 少々ボケてませんか、こんな時間にしかもそんな内容とか。

『よかったぁ』

 切れた。

 え。
 なにそれ死んだ?

 いやいや不謹慎すぎる。ちょっと待って。

 掛け直した。『はい』と、知らない女の声がした。

「あの、古里サチ子の孫の昴です。いまばあちゃん、電話掛けてきたんですけど、もしかして、ヘルパーさんですか」
『あぁ、はい。
あ、お孫さんだったんですね。突然すみません。
 サチ子さん、少し目を離した隙に電話の前にいて嬉しそうだったんで、誰かに掛けちゃったかしらと思っていまして…ご心配掛けて申し訳ありません』
「いえ…。ご苦労様です、よろしくお願いいたします」
『はい、すみません』

 切れた。
 偉く他人行儀だなぁ。まぁ当たり前か。そんなもんか。しかしなんか、うーんいいのかあれで。
 まぁ施設にいるからまだ大丈夫?だよな。

 しかしまぁ80のババアのがまだ新鮮だっつーのになんなんだあの野郎は。

 再びピロピロ鳴った。確認した。『天崎真樹』だった。

 すかさず出た。「あ、あいっ、」思わず噛んだ。俺はあまちゃんかよ。

 しかし。

『君は誰ですか一体』

 知らねぇおっさんのなんか口に残るような声がした。

 誰だこいつ、一体。

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