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 それから30分後、スバルくんが来るまでの間、現場は騒然と盛り上がっていた。

 つまり、うるさかった。

「あん時はもーね!ぶっ殺してやろーかと本気で思ったよねこのクソショタ!」
「あーね。いきなり『当分ごめん引きこもるわ』ってはぁ!?いくら慣れてるとはいえもう大人なんすけど、こっちとら嫁さんに伝えたらなんとも形容し難い顔されたわ」
「あ、妊娠中だっけあれ」
「そーそー。あん時でもまぁ2社目切られたとこだったよな。今思えばあれがドリファクの落とし穴だな」
「あははー、まぁ引きこもりたかったのもあるっちゃある。あれでぶっちゃけ裏切られた感もあったしぃ。あぁ、ジゴロってこーやってやんのかぁってね」

 ほろ酔いには一番のネタ。しかし一瞬ピリッとしてからげんちゃんがふと、「ゆあちゃん何歳だっけ?」とハゲに振った。

「3歳になる」
「一番可愛い時期だね」
「それがさぁ…」

 すごく深刻そうな顔をしたと思えば。
 そんなタイミングでスバルくんが登場。

 デカい紙袋となんでそんな汚れたんだろうかというくらい汚れちゃってる眼鏡。
 それと、いつものように少し擦れた目付きだが、張り付けてはいない柔らかい笑顔だった。

 ヤンキータイプって大体目が細いってか切れ長で擦れてるけど、この人は加えて奥二重。だからたまに笑顔にギャップがある。

「スバルくん遅い!」

 君のせいで凄く俺の批判タイム長かったんだよまったく。

 オヤジさんが来訪者におしぼりを持ってくる。「何にします?」「ビールで」のやり取りが鮮やか。

「ごめんごめん。お待たせー。今日スタ練だったんでしょってえぇ、どうしたのふみとくん」

 ふにゃふにゃ手を振った。文杜の手を見て一瞬スバルくん目を見開いた。
 文杜はそれに、「ベース激しくてー」とかクソみてぇなことを言っていた。

「あ俺新幹線で観たわげんちゃん」

 とか言って延々立ち話をしそうなスバルくんのためにげんちゃんは然り気無く椅子を詰め、一人分の場所を作る。
 「ありがと、」と言い、まずは手を拭いて眼鏡を外し、おしぼりで拭いていた。眼鏡は余計曇ったように見える。

「やっぱあんたイケメンっすね」
「あへ?」
「え?なにその反応」

 スバルくんはげんちゃんを探るように見つめるが、げんちゃんはマイペースに日本酒を煽っていた。
 そして余っていたのか使用済みなのかよくわからない猪口に一杯それをあけ、スバルくんに素知らぬ顔で渡す。

 不思議な顔をしてスバルくんはげんちゃんを見つめながらそれをくいっと一口で飲みきった。

「良いねぇ」
「ねぇ俺さ、観たよスタ練のやつ。あれいいね。鉄の穴になってたけど、何言ってっかわかんねぇけど最早」
「あマジ?ベンジーとどっちがよかった?」
「ベンジー?」

 どうやらスバルくんはあまりベンジーは詳しくないらしい。なんとなく、スバルくん家のCDのラインナップ的にも、ブランキーは何枚かあったがベンジーとなると知らないだろうとは予想が出来た。

「多分げんちゃん、スバルくんベンジーよりチバ氏だよ」
「あぁ、そうなの、え?なのに俺らなの?」

 確かに言われてみれば不思議だがそれは俺らが言えた口でもない気が致しますよ。まぁわかるけど。

「まぁそうねぇ。俺多分ハッピー音楽より殺伐系なのかもね」
「なるほどねぇ」

 わかるけどねぇ。

「じゃぁハッピーの前にまず殺伐スバルくんの話ね。なんで暴れたの?」
「ん?あ、あぁ。なんかねー、ばあさん多額の遺産を俺に残してる臭いの。けど親族?が、ばあちゃんボケたのをいいことにめっちゃ使い込んでたらしくて気付いたら借金してたらしくて。
 しかしここで、母親の兄貴の元嫁さんと言うか、まぁ従兄弟が登場してくれてさ。実はばあちゃんがボケる前、めちゃくちゃ生命保険に入っていたことを教えてくれたわけ」
「うわぁ」

 なんという泥沼。

「俺はぶっちゃけ、ばあちゃんとは手を切りたい、しかしそれじゃ釈然としないがばあちゃんはまだ生きている。ここはばあちゃんの一存なしでは決められない。
 そこで考えた。一族に俺がなんかこう、社会不適合であり、しかし家督は継がなければならない立場なんだとわからせなければ、だが俺は手を切りたいし、心には太一や嫁さんが引っ掛かる。
 金を手に入れあっさり手を切り、その金を太一たちにやれないもんか、一族を納得させる。そして考えたのが本家でキチガイ野郎をやってみること」
「んで暴れたの?」
「…まぁ」

 本当は少しばかり含みがありそうだ。
 しかしこんなとき、きっと人はあまり心に他者を受け入れないだろう。少なくとも俺ならそうだ。

「まぁお疲れ様」
「ありがとう。多分君が呼んでくれなかったら…」

 それからスバルくんは話さない。
 まぁ、そんなこともあるよね。

「で、ナトリは?ゆあ見せてよ」
「え?そこまで話戻るの?」
「あ俺も見たい」

 そう振ればハゲは、「もう仕方ないなぁ…」とか言いつつ面倒そうにしながらもケータイの画像ホルダーを開いて見せてきた。

 ハゲのドラムの上に乗せられてる、光の具合で茶色いような、優しい色の背中まで伸びる綺麗な髪の、泣き黒子の色白な日本人離れした顔立ちの『お人形さん』みたいな少女がニコニコ笑って両手の拳を挙げている。夜空の柄のワンピースが印象的な一枚。

 彼女はハゲの愛娘、由亜。通った鼻筋や何より薄めの髪色は、ハゲ似。笑ったときのタレ目とかぱっちり二重は奥さん似の可愛らしい子だ。

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