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 空が灰色になっている。雨がそろそろ降りそうだ。

 屋上に来た。

 真樹はフェンスの向こうに座り足を投げ出してフェンスに凭れ、黙ってヘッドフォンを耳にしている。

 ナトリは真樹の反対側に凭れ座り、黙っている。
 そのナトリの横で文杜は立って、フェンスに腕を付き身を預けてマルボロをソフトパックから一本出して咥えて。

 ジッポだが火がつきにくい。雨が降るな。

 3回摩って漸く火をタバコにつけたところで肺にニコチンとタールを取り込む。それに習うようにナトリはセッター14、真樹はくしゃくしゃになった残り少ないラキストを咥える。

 真樹はぶっ壊れてしまった100円の擦るタイプでないライターにまごつき、ナトリは擦るタイプのライターにまごついていた。

 「やっぱり降るねぇ」とのんびりした口調で文杜が言い、まずはナトリにジッポを投げて寄越せば、「さんきゅー」と、ダルそうにナトリも火をつけた。その間に真樹はなんとか着火。
 再び青のジッポは文杜へ投げて返される。

「嫌い」

 真樹がぼんやりと、どこか空だか、景色だかを眺めた真樹はそう言った。

「ん?」
「くだらねぇ…」

 苦しそうにそう言ってタバコを吐いた真樹が咳き込む。
 ナトリがそれを横目で見ては「あぁそう、」と、溜め息混じりに言う。

「俺がくだらねぇのか、真樹」
「…そぅだょ」
「まぁそうだな。くだらねぇしつまんねぇ台湾野郎だよ俺はよ。
 だがお前あのままどうする気だった。あのままじゃ文杜がな」
「それが!」

 立ち上がりがしゃがしゃと音が鳴る。そして久しぶりの大声に噎せたらしい。

 「真樹、」と文杜が嗜めるのも無視した真樹は、ナトリが身を預けるフェンスを蹴飛ばした。

 反動で後ろへ落ちそうだ、怖い。

「んで、だから、」
「うるせぇなチビ喋んなよ」
「それも、うる…せんだよ!
 ぁんで、怒ってんのか、わかって…」
「わかんねぇよ今更。読心術は好きな子にしか使わねーわバカ。
 今更髪のこととかぁ、いーんだよ別に。ただ俺が怒ってんのも読心しろよ単細胞。なんでお前が行くの俺がしたことの意味考えろよバカでも。あ?お前ら庇うのになんでこんな体力使ってんだよストレスでまたハゲるわ!」

 捲し立てて間が生まれた。
 流石にナトリが振り向くと真樹は俯いてまた膝を抱えて座り込み、ヘッドフォンを耳に掛ける。

 多分言い過ぎたがこれも本音だ。

 だって仕方ない。相手は狂犬と病んでる系だ。入学早々気を揉むのはわかっていたのだ。
 だがまぁ、やりすぎた。せめて不本意ながら黒染めでもした方がましだったかもしれない。

 ぼんやりとした煙を眺めて、さてこの引っ込みがつかなくなった二人をどうしようかなぁ、面倒だなぁと文杜が考えていると、真樹がヘッドフォンを外し、文杜と目が合った。

 こーゆー時の真樹に俺は弱いもんだなぁ、しかしそれも甘美かと、文杜が少し微笑んでから「どうしたの真樹」と声を掛ければ、真樹に手招きをされて。
 黙って文杜がナトリを見つめれば、はいわかりましたと言わんばかりに一度その場を退いてくれた。有り難い。

 文杜はしゃがんで真樹に耳を近付ければ、フェンス越しに手を添え内緒話のように、「ハゲに、謝ろっ」と、掠れた甘い声で言われたのに痺れを覚えた。

「んん?」
「あの…、」

 わかってはいるけど。

「真樹、」

 君が言いたいことはわかる。
 だけどもう少しその掠れた本音は引き出したいものだ。

「悪いのは俺だよ、真樹」

 だがどうにも弱い。この、ビー玉みたいな空虚で、だけど純粋で綺麗な瞳には。

 しかしそう言えば困った顔をすることくらい俺はどこか、わかっているんだけど。言いたいの。君のそんな顔すら俺は満ち足りるから。だから、甘美。

「真樹は俺の暴力が嫌なだけ。でも俺は真樹が辛いのは嫌なだけ」
「ぅみ…とぉ、」

 声を出すのが辛そうだ。それもひとつの暴力、自然災害のような。

「でも出来る限り頑張る。ナトリみたいに」

 そう文杜が言えば真樹は硬直してしまったが、それも一瞬、しかしよくわからなそうにぎこちなく頷いた真樹が、文杜には愛しくて仕方がない。多分俺のこの感情は少し変わってる。

 仕方がない。俺にとって君は雷のような衝撃だったんだ。だって、こんなクソつまんねぇ学校、というか世界に君は空から降ってきたんだから。そりゃぁ、衝撃だっつーの。エレクトリックだわ。

「ナトリー」

 出入り口付近の壁に凭れて二人を見守っていたナトリに文杜は声を掛けた。そして一言、「ごめんなさーい」と、柔和に微笑んで放った。
 身構えたナトリとしては、それに拍子抜けしてしまった。

「へ?」
「俺が悪かったよ、ありがとーナトリ」
「はぁ…」

 だがまぁ。

 あまりに唐突すぎて唖然としてしまった。それを見て真樹も思わず声なく笑ってしまった。

 ひとしきり笑って。
 まぁ悪いかと、伝えようとして真樹はナトリに手を合わせ、頭を下げた。

「はぁ、ふん…」
「よし、仲直りね。さぁ、これからどうしよっか?クソつまんねぇし面倒だから帰ろうか?」

 雷鳴がする。
 入学式に。これはもう、降られてしまっては死にかけの桜すら、終わってしまうだろう。

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