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 終わってしまえば虚しさが募って仕方がない。叫びそうになる。君の名前を。多分自分は酷い男で。

 ぶっちゃけあれは、ワンナイトであればダルいなぁというのが感想だった。相手も相手でダルいならちゃっちゃとやめちまえばいいのに、とか思っていた。

 もちろんリードする男側としてはなんとなくそんなんも、言えないし雰囲気を女って作る、別にまぁ言わないけど。だからワンナイトも実はめんどくさいなぁ、と言う感想。

 相手が女性でないだけあって、あの余韻がない。その点をどうやら先輩はお分かりのようで、自分と同じ思考らしい。

 何事もないかのように穂はさっさと制服を着ていた。

 腕を痛そうにふらふらさせながら、落ちてしまったプリントと、シャーペンを拾い上げて。またそれに向かった彼は右手でシャーペンを握る。

 行為でわかってはいたが、やはり右利きだった。なんで捻ったのだろう。

「その腕なんで捻っちゃったの?」

 制服を着ながらタバコをくわえ、なんとなく文杜は聞いてみた。

 ふと、先輩が淡々と見上げたもんだからあぁ、癖だと気付き、「あ、ごめんなさい」と、ケータイ灰皿を探せば、「え?」と目を丸くされた。

「いや、ごめんなさい、謹慎中でしたね。なんかタバコとか」
「いや…別にいいよ?」
「え?」
「ふっ、」

 本日何度目かわからない、八重歯を少し隠しちゃう笑いを見せてくれた。

なんだか、少し。
あぁでも本当に少し。
胸が痛い。

「文杜くん、だっけ?君、やっぱり優しいね。
 これはね、ちょっと、うーん、まぁ、ほら組み手!で、手引っ張られたときに捻った。体育で」

 にっこり笑ってくれているけど、ダルそうに言うそれ。
 なんとなく嘘っぽいなぁ。なんて、思って。

「ねぇあのさ。どう?忘れられた?」

 そしてその話題変換。そんなのは、むしろ。

「忘れらんねぇや、まだ、まだ」

 ワンナイト、めんどくさいなぁ、というタイプの文杜だったのだけど。この人、穂の淡白さ。こちらが怖くなるほど、何故か切ないような気がしてしまって。だって俺は多分、そう。

「まぁ、そんなもんか。いいね、どんな人?」

 なんて聞かれてしまっては。
 核心に迫られた気がしてしまって脳が思考の停止を始めた気がした。

「忘れたいって、言ったじゃん?」

 あぁ、そうだった。
 だけど、そう、だけど。

「いやぁ、しかし凄いなぁその人。俺わりと頑張っ」
「穂、さん」
「ん?」
「あの…」

 どうして平気でそんなこと言えるのか。

 俺あんたに多分、少なくともここ3日分くらいの欲求を吸い取られながら、けどそんくらい、だからあんたが頑張るくらいにまぁ激しくも愛した、と言うのは凄く、でも。

「忘れらんねぇからさ、また会ってくれないかな?
 別に普通に話すのだって、いいから」
「勘弁してよ」

 八重歯の見える、黒子の見える笑顔で、しかし明らかなる、いままでにない拒絶が見えたくせに。

 少し伏せた顔。上げてくれるまで間があって。上げてくれた時の穂の八重歯が見えない笑顔がどうにもただ、寂しそうだった。けどそれも。

 素直に、綺麗だった。

 時として愛情は歪んでいる、そう、感じてしまって。

「またヤるならいいよ」
「…あんたしばらくはここにいるの?」
「まぁ、うん」
「わかった。また明日くるよ。今日はありがとう、ごめんね、こんな俺で」

 また会えるならいい。

「…うん、」
「じゃぁ、俺、もう行きます。次、体育なんですよ。あの、筋肉先生。だから行かないと」

 文杜が微笑むと、穂は笑顔を失して見つめた。

 少し言葉が、胸に刺さってしまってなんだかそう、刺さった場所が痙攣しているような、そんな感触がしていて気色が悪くなっている。これは抜いたら一気に溢れて止まらなくなりそう。刺したまま、いまは。

「わかった…」

 少しだくだくと、ナイフの回りを溢れた鮮血。痙攣は始まる。動かなくなる前。こんな時にナイフを抜いたら、死んでしまう。

 ただ、いま溢れているその血は、ベースギターの去り行く背中を無意識に追いかけて手を取ろうとしてしまったところだったが、あと一歩で終わってしまった。

 そうだそんなもんなんだと、お互いどうにか息を沈めた。ただ虚しいのは、ここが白昼夢だから、かもしれなくて。

 それから文杜は体育で筋肉先生こと|浦部《うらべ》先生に、然り気無く授業で組み手はあるか聞いてみた。
 「ねぇけどやるか?」が返答だった。

 イライラが再熱して。

 それから、ナトリに、バイト前に二人で一之江総合病院に寄ろうと持ち掛けられた。

 なんでも一之江のクソ野郎が3日入院するため、真樹の主治医がその間変わった、処方されていたコントールもその主治医と一之江の判断で変わった、なので挨拶がてら取りに来い、とのことだ。

 ある意味文杜にとって今、会いたくないが絶好に会いたい相手だった。

 そんな訳で二人で学校帰り、バイト前に一之江総合病院へ寄った。

 一之江が入院する、3階消化器内科の305の個室に赴くと、わりと元気そうな一之江と、短髪な、30代くらいのママさんバレー感のある女性医師が雑談していた。

「こんにちは、わざわざどうも。天崎くんの担当になりました、二条麻子と申します。よろしくお願いいたします。
 天崎くんには説明したんだけど、薬、今日の夜から処方になってるので、説明だけしようかなと」

 わざわざそれだけの為にどうやら二条先生はいてくれたようで。
 説明をしたら、「じゃぁ、よろしくお願いね」と言って二条先生はさっさと帰ってしまった。

「色々まぁ、悪いなお前ら」

 柄にもなく一之江が謝る。ナトリが、「ホントだよ、バカ」と返すが、文杜は素直にはなれない心境で。

「オカモト先生3日?」
「みたいだな。ぶっちゃけまぁ異常はないから今日明日には医院長権限発動して帰ろうかと思ったんだが」
「なぁ、|先生《・・》」

 文杜はここへ来てから初めて言葉を発した。一之江もナトリも、文杜の“先生”発言に違和感を覚え、二人は会話をやめた。

「“打撲”ってさぁ、どんなもんで治るの?」
「…打撲したのか?まぁ、1週間くらいじゃねぇか、物によるが」
「へぇ。
 あ、そうそう。0.01ミリ。あれよかったわぁ、ホント。3日分くらいの鬱憤がなぁ、一気にすっ飛んだよ、一之江先生!」

 文杜のなんとなくな一之江に対する苛立ちを感じ取り、ナトリは「お前なに言ってんだ?」と少し困惑。

 だが当の一之江はどうにも思い当たっていない様子。
 「はぁ?」と、言ってみてすぐ、何故か閃きのように原因にぶち当たり言葉を呑む。

 そして文杜のなんとなくを察してしまい、だが信じられず、「…何故?」と、検討外れに返答をした。

「…このクソ野郎、」

 何故。
 こちらが聞きたい。
 何故こんなにイライラしてんのか。

 低く言い放った文杜に一之江は言葉を探した。どうやら、凄く巡り巡っている。そしてこいつは非常に面倒で多大な勘違いをしているようだ。

「…会ったのか、しかし不思議なもんだな」
「会ったって、誰にだよ?」

 しかしそう返されればこれもまた腹は立つもんで。

「はぁ、そうねぇ、俺の知り合いとでも言っとこうか?患者かな」
「殺すぞてめぇ」
「何に腹立ててるかか知らんが、俺は診察には来たやつしか入れませんよ?そして先生ですからぁ?それなりに道徳の行き届いた健全な対処をする。例えばそう、お前みたいなバカが0.01ミリのコンドーム見せびらかしてきたら取り上げるわ、バーカ!」

 獣のような文杜の殺気が少し和らいだ。

「まぁ好きにしろとは、言うがな。てか、てめぇらさっさとバイト行けよ」

 しっしと、ざったそうに一之江に手でやられ。
 立ち尽くした文杜にナトリは「行くぞ、」と肩を叩いた。

「何があったか知らんが、お前顔が凶悪。前髪下ろした方がいいぞ今日は」

 あぁ、そうか。

 センスねぇな俺と、改めて痛感してその場は引き下がるように、ナトリに連れられ、病室を去った。気付けば夕日が射していた。

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