1


 昼。
 起きれば文机に手紙が置いてあった。
 送り主は「みよ」。

 自分はどれ程眠ってしまったかと、翡翠は漸く覚醒した。
 この手紙があるということは…朝は過ぎてしまっていて、自分が昼寝をしたのは、昼寝なのだから昼、なのである。

 手紙ということは、翡翠は寝る前の朝に書いた返信をと、薬箱の一番上を開けてみた。
 それがなかったことに、トキさんかと気が付いた。

 …というか、そもそもトキさんはどうしたものか。戸を開ける。

 いつもと変わらない昼の庭。しかし、どこか雰囲気はいつもより、埃や線香臭いように感じた。

 掃除をしなければと廊下を出ると、なるほど、いつもより人気《ひとけ》がないような雰囲気。つまりは堂で法要やらなんやらが入っているのだろうが、それにしてもまわりの小姓すら少ない。

「あ、翡翠さん」

 唯一出会ったのは先日の、幹斎のお守りを自分と変わった悠蝉《ゆうぜん》だった。

「…あ、悠蝉さん」
「こんにちは。体調の方はもう宜しいのですか?」
「え?まぁこの通りやけど…」
「それはよかったです。寺の者皆心配をしていましたよ」

 覚えも何もないので黙り込むしかない翡翠だが、「…お疲れだったんですね」だなんて、確かに悠蝉が心配そうに言うので若干気持ち悪い。

「…すまへん。実は…昼寝して起きても昼なんで、なんとなく日の単位で眠ってしまっていたんやないか、というんはわかるんやけど、何がどうやらといった具合でして…」
「あぁ、そうなんですね。
 少々幹斎和尚から聞き及んだのですが…私も無知故によくわからなかったのですが、翡翠さんは凄くよく眠っていたようですよ」
「…はぁ」
「あまりここへ来てから、眠れていなかったのではないか、と幹斎和尚は言っていました。朱鷺貴殿も昔はあったことだそうです」
「…そうなんですか」

 結局いまいちわからなかったが、悠蝉のお陰で用事を思い出すことができた。

「…そうや悠然さん。トキさんは今、法要やろか?」
「…あぁ、はい。えっと朱鷺貴殿は確か…法要だったかなぁ、お墓だったかなぁ、うーん葬儀だったっけ…。あれ、それは壮士殿だったような…。出張だったかなぁ…?
 あぁ、でも確か南堂では見たような気がしますけど…」
「…相当忙しいのですか、今日は」
「…まぁ、はい。幹斎和尚も幹斎和尚で朝から葬儀葬儀葬儀と、今も急遽入った葬儀で少々死にそうなのですよ」

 にこっという悠蝉にそうかぁ、流石アホ坊主の小姓を買って出ただけある、若干変なやつだなと悠蝉に対し思った翡翠だが、ということは今や、寺の坊主総出で忙しいのかもしれない。

 幹斎、壮士、朱鷺貴、は翡翠のなかで「南條寺三大坊主」に指定しているが、その下にも四大坊主くらいはいる。この四大坊主は大体、三大坊主と共に行事へ赴いたりしていることがある。
 朱鷺貴が三大坊主のうち二人を謹慎させたのだから、四大坊主にも休みはなかったが、どうやらそんなものも解けたのか、関係がないくらい忙しいのか…。

 案外寺とは、暇でもないらしい。

「私もさっきまでは幹斎様のお供をしていたのですが、急遽入った葬儀がどうやら密葬らしいので、お部屋を片付けようかと引き上げて参りました」
「密葬…ですか」
「いやぁ…そうだ。密葬はわりと朱鷺貴殿がやるらしいのですが、相手が幹斎和尚を指定したのだそうです」
「…そうだったんですか」
「ま、えっとここまでで」

 何か言いたそうな悠蝉に「ん?」と翡翠はなったが、「いやはや…」と悠蝉は気まずそうだ。

「翡翠さんは何より、お体を大切にしてくださいね」
「…はぁ…、まぁ…。
 何かございましたか?」
「いえぇ、何も」
「…わかりやすいですね。まぁええと言えばええんやけど…」
「はい、まぁそんなわけではい、」

 なんだろうか、まるで腫れ物のようだなぁとは思ったが、事実忙しいのだろうから仕方がないかと「御心配ありがとうございます」と、悠蝉に礼は言っておいた。心配自体には嫌味も含みも、感じなかったように思ったからだ。

 にこっと、何故だか慈悲深く笑って頭を下げる悠蝉に、むしろ初見よりなんだか自分に対し好意的なように思えた。始めは間違いなく「この男娼め」とすら思っていそうな目をしていたのに。

 …いらんことを幹斎から聞いたのかもしれないな。別にいいのに。

 まぁいいやと、取り敢えずではどこから掃除をすべきか…本来ならば朱鷺貴がいる場所さえわかればそこに赴き、そこの片付けやら何やらが仕事なのだが何しろ場所がわからない。

 手当たり次第行けば仕事はありそうかと、では南堂へ向かおうか、いや南堂でなくても葬儀やら何やらの場は儲けられているしと、所謂自分達が暮らす「宿舎」あたりからは去ろうかと翡翠は考えた。

 宿舎から少し廊下を歩けば広間に行き当たる。しかしもしもそこが密葬地帯であれば…そういう時、戸は閉まっているのだろうか…等と考えていれば、丁度遺族たちがぞろぞろと広間から出ていくところだった。

 邪魔になら無いようにと見ていれば、最後に出てきた壮士が「げっ、」と、翡翠の顔を見て盛大に嫌な顔をした。

- 37 -

*前次#


ページ: