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「…それは、」
「えぇ。まあ藤嶋の言葉を借りれば「どうしても死んで欲しい男だった」、と…」

 おどけてみせようかと思うのだが、朱鷺貴は正直に、泣きそうなように顔をしかめては「そうか」とだけ言うのだった。

「お前も…な、」
「トキさんもそうでしょうよ。せやからついでで…。同じ傷を舐め合う事ほど、痛みを伴う荒治療を翡翠は知りませんと、特に聞こうとしなかったんですが、珍しいこともあるので」
「…まぁ確かに」
「これはじゃぁ、捨て方というものでどうでしょうか。内に飼うより放ってしまった方がええかと。第一勝手を言いますと、トキさんはわての持つ、離せない感情をわりとはっきり言うてくれるから、スッキリしたりするんですよ、常々」
「…そうかい」
「ええんやけどね」

 …しかし自分が上手く話せるのかと、やはり朱鷺貴には身構えるものがまだある。
 本当は翡翠だってそうだろう、とも、ふと気付くのだから、「上手く話せるかわからない」と言っておいた。

「…あぁ、そうですね。
 わては一度トキさんを振っていますので、こう言うたことは自然にボロが出るのを、まぁ盗み聞きするくらいが丁度ええのか」
「あぁ俺の母はね、狐狼狸で死んだんだけど」

 気が触れたかと思った。

「え?何?」

 部屋につく。
 つけば自然と互いに文机の手紙を目にし「あっ」と被る。
 そこで押し黙ることになった。

「えっと……まぁこの件は後にし」
「みよさんとやり取りしてたんだな」
「えっと……。
 白状しますとすまへん、これを期に」
「いやまあ……、別に人目につかなければ良いとも言いたいが…俺の口からそれを言っちゃ」
「見ました?トキさん」
「は?」
「いや、あの…中身とか」
「……見てねぇよ!だが俺が今日出したお前の返事くらいは当たり前ながら目に付くから」
「あ〜待って言わんといてぇ、ホンマに恥ずかしいわぁ勘弁してぇ!」

 …冬の日は短くなるばかりですが、貴女を思う日、時間が日に日に長くなっていくようで云々なんて…最初の行から気障なんだかなんだかといった具合であれば、最早自然と読んでしまうのが人だろうと朱鷺貴まで何故だか照れる思いだった。

「…ちょ、なんであんさんまでそんな顔を背けるん、わかっとるわ、」
「…いやぁ半分くらい何故だか温かく雪解けを待つような心境で」
「待って、ホンマに待って」
「お前ってそーゆーとこあるよなぁ…、なんというか感性が女のようというか…。確かにあれは惚れるかもしれないわ…」
「からかわないでよっ!ホンマに!」
「あ、いや最初に言っとこう。からかってないから、ホンマに感心したというか心打たれたんだから、」
「…そーゆーのいらなぁい!却って黙っといて欲しい〜っ!」
「もーいいじゃん、なんか凄くいいじゃん、お前らってば。素直になれよ全く、」
「うぅう信じられへんホンマにぃ、」
「いや待てよ不機嫌になるな、真剣に言うぞ俺は!
 その…うーん、なんというか」
「確かにもう好きですよっ!」
「えっ、何?今?」

 こちらが言おうとした趣旨が一気に吹っ飛ぶくらいに、最早泣きそうで恥ずかしそうにふーふーしている翡翠は「うんそうそういうもん!」と言った。
 それになんだか「ははっ、」と、笑ってしまった。

「…お前やっぱ坊主ダメだって、」
「…え、そう来た?」
「うんうんそうか、降りたらどうだ?」
「…はいい?」
「…お前の自由さに俺も結構、スッキリしたりするんだよ。
 元々、なんつーか不可抗力な訳だし。人としてやっていけるならいいんじゃねぇかと思うよ」
「…いや、」

 急に寂しくなった。

「…断ち切りましょうかねぇ」
「うん、そう」
「みよさんを」
「…は?」
「…わてはだって、選んでここにいますからね。なんや、寂しいことおっしゃるやないですかトキさん」
「…なんで?」
「しかしそれに対し負い目はなく」

 そう言って翡翠はふと手紙を、慈しむように眺めた。

「…そうじゃなかったけど」
「いや、そうなんです」
「別に降りたとしても断ち切れるわけでもないじゃん」
「だとしても。わてが江戸で捨てた背が立たぬと」
「えっと…」
「決めたら頑固なんです、わては。でも…まぁ、一回保留にしましょ。無理に捨てずとええとわては教わってきましたんで。欲深いんです。
 次にバレちまったら今度こそやめるし、心変わりするまで…少々時間をくださいな」
「…そうか。
 悪かった。少々押し付けだ」
「いいえ。わての乙女のような優柔不断さがいけない」

 なるほどな。
 これに関しては言及、触れることをやめることにした。確かに、翡翠は自分が思うよりも、いざとなったら決める男だ、怖いほどにと口をつぐむ。

 …結局、坊主は捨てる手伝いしか出来ないのだからと、「じゃぁ話を戻すか」と帰ってきた。

「…え?」
「気分じゃなくなっただろうが」

 一体どうして朱鷺貴がそうなったのか、甚だわからなくなりそうだったが「いいえ…」と、自分もかつてあの、切り捨てられた家族の、目に焼き付いて離れない景色を思い浮かべた。

「どうかたくさんお話しくださいな。わてはみよさんの返事でも…書きながら聞きますから」

 自分でも受け止めきれないことだけど、他者なら確かに他人事なのだからと、翡翠は半紙を引っ張り出し、朱鷺貴はふと、仏壇の引き出しを開けるのだった。

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