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 身綺麗にしたが藤嶋と共に住む自室、いや、藤嶋の部屋に帰る事はなんだか、気が引ける。
 身体の節々が痛くて怠い。
 引き裂かれた傷から温く血がどく、どくと、まだ腹の底に息吐いている気がしてならない。

 ならば藤嶋の部屋へ帰るよりも、仕事をする方がいつも通りで健全だと翡翠は考えた。確かに、身体は痛むのだけど。

 廊下の雑巾掛けでもしようと翡翠は思い立ち、桶に水を組もうと庭の井戸に行ってみたのだが、丁度朱雀が水を汲みに来ていたのだから何よりも気まずいと感じた。
 こんな、よりによっての時分こそか。

 朱雀はもしかすると昨夜の、自分と武智の事を知らないかもしれない。客が多ければ代わりなどいくらでも付くのだし。
 そしてそれを管理するのも翡翠の仕事だ。

 朱雀は普段、果たしてあの武智にどのような振る舞いをするのだろうかとふと、翡翠は考えた。

 すぐに翡翠に気が付いた朱雀は目を合わせては「掃除か」と、短く言っては手を伸ばしてきた。

 朱雀は上位の指名ではないが、それなりには忙しいし何より綺麗だ。
 だが、ぼちぼち、女を取るのかもしれない。
 彼は生粋の衆道だし、何より三流落ちは彼の性分を考えれば酷な物だと翡翠は少し前から思っていた。

 だから少しは後ろめたい。
 桶を抱えたままの翡翠に朱雀は「水」と促す。

 様々な思いを持ちながら翡翠は掠れかけた声で「おおきに、」と朱雀に礼を述べ、抱えていた桶を渡す。

 朱雀は水を柄杓で汲み翡翠に「武智はんはどうしたん?」と、早速話題を投げ掛ける。
 更に眉間に皺を寄せ口許に冷笑を浮かべては「なぁ、翡翠」と続けた。

「あんさんのお陰で昨晩は楽な仕事でなぁ。あっさりしたもんやったわ」

 それから朱雀は「ははは、」と笑う。
 やはり、知っていたようだ。

「あんさん、いくらもろたんやあの変態から」
「…その、」
「まぁ、家畜に配る餌に感情も何も湧かへんけんなぁ。旨いも不味いも解らん言うんは些か不憫に思うて毛艶を見てやろうか思うたけれどもご立派なようやねぇ、」

 朱雀は桶を翡翠の前まで持ってきたが、「あぁ洗って差し上げましょうね」と言い、そのまま頭上でひっくり返す。

「…馬に言うてもわからんやろうなぁ、あんさんが食わされたんは青い芝や、わかるか小僧」

 翡翠は言葉を返せなかった。
 所謂、“寝取った”のだ。
 朱雀はしゃがみ、翡翠の前髪を掴んではにやっと、顔を拝む。

「どうやった?ええ種馬やったやろ?」
「…すまへん」
「…いじらしいなぁあんさんは、ええ?お陰でわしは腹が空いて寂しいねんなっ、」

 畑違いに怒るのは当然だろう。ましてや朱雀は立場的にピリピリしているはずだ。勿論翡翠は店主に命じられただけなのだから、そんな意地汚い腹積もりはない。

 前髪を離し「来いや」と朱雀に腕を引かれるのは痛い。痛いが抵抗をする手立てがない。売り物に手を上げてもならない。

 翡翠には実のところ、人間を売り物と言うのにすら抵抗がある。朱雀にはそれくらいで動じないほどの拘りがあるにしても。
 全体的に自分は、自分は、と店に来て二年にしても馴染めない事に、こうして劣等が募る。

 朱雀の見世は井戸のすぐ側。
 翡翠は乱暴に押し飛ばされ、朱雀の見世に中に入った。

 「あんさんはえぇなぁ、」と、転んだ翡翠の元にしゃがんだ朱雀は扇子で翡翠の顎をあげ、じろじろと顔を眺めてきた。

 目が少し血走っている。朱雀は寝ていないのかもしれない。
 しかしその瞳すら強く、澄んでいると感じた。

 朱雀には自分への怒りが見えたと感じたが、「へぇ、」と徐々に興味のようなものに変わったと読み取った。

「あんさん、幽霊みたいで気付かんかったけど、案外気ぃが強いやろ。目に芯がある。ええ顔しとるんな」

 翡翠の陰茎に突然、衝撃が走った。
 だが下を見ようとすれば「わしを見とき」と扇子でそれを阻む。

「なぁ、昨夜はどないやった?」

 朱雀の手に陰茎は包まれ、ゆるゆる上下にしごかれている。
 そのうちしごきに強弱もつき痛みなのか、快楽なのかはわからなくなった。
 朱雀の顔が近付き耳元で「わし、上手いやろ?なぁ」と煽るので、翡翠の中の快楽は膨らんでいく。

「そこいらより上手いと思うんやけど」
「…あの、」
「痛くないやろ?なぁ、」

 何故だか酷く侮辱されているような気がした。朱雀がそんな表情だからかもしれない。

「…ごめんな、さい、朱雀兄さん、」
「聞こえへんねん」

 ぐっと朱雀に陰茎の根本を掴まれれば一気に苦しくなる、快楽の出場所が失われ「っ…、」と声まで詰まっていく。

「何がごめんか聞こえへんのやけど」
「…その、」
「武智か?あんなもん馬に食わすくらいが丁度ええねん、なぁ、」

 熱くて涙が出そう。
 そんな潤んだ翡翠の顎から扇子を離した朱雀が「あぁあんさん大変や」と、白々しく言い着物を開け始める。
 恐らく、朱雀も客と寝てそれほど経っていないのだろう。包まれることもない朱雀の陰茎がそのまま現れた。
 …それは、尖って凶悪な狂気にすら見える。

 「どないしよう」と言いながら朱雀は「あぁそうや」と、翡翠には答えを与えてはくれない。
 彼は人差し指を下へ向け己の陰茎を指し「出来るよなぁ?」と笑う。

「慣れとるやろ、あんさん好かれとるしなぁ、」

 翡翠が黙り込めば有無も言わさず「小姓の仕事やろ?わしが見とってやるわ」と、陰茎を解放したその手で「ほれ、」と、後頭部が掴まれ朱雀の陰茎のまで顔を押し付けられる。

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