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 苛めてやろうとしていたのだが、ここまで傷付けるつもりもなかった。
 素直に泣きそうな少年に朱雀は目を閉じ、「そうやねぇ」と優しく言い頬を撫でる。

「あんさんはどや?」

 その声が切ない程に穏やかで、心地よく。

「せやけどそんなもんは馬に食わせるんが丁度ええんよ、翡翠」

 障子が空き、「おいおい…」と誰かが言った。
 紺色の着物と少し高い背。
 男娼の、美鶴みつるだった。

 美鶴は「はぁ〜…」とわざとらしく呆れ、「事は重罪やでこれ…」と二人を見て告げる。

「なんや美鶴、どないしたん?」

 しかし朱雀は何事もないかのごとく穴へ指を入れ「はぁ、疲れたわ」と翡翠の精子を掻き出し、手拭いで拭っては着物を直すのが不自然に自然すぎる。

 それに比べて着物すら直せずに唖然と男娼達を見る純粋な目の小姓とくれば、どちらがけしかけたかは誰が見ようが明白だった。

「…翡翠」

 美鶴に呼ばれ、翡翠はびくっとした。

「…ここまでの床がびちゃびちゃやねんて…」

 呆れた口調で美鶴は告げた。
 「あぁ、なるほどな」と平気で言う朱雀に、美鶴は腕組みをする。

「…わかってるんか朱雀」
「…大方」
「しょーもないなぁ…。ウチはソレを探して来いと忘八に言われたんやけど」
「あぁ、」
「流石に露見するやろおいぃ…」
「うん、まぁ」
「あんさんなぁ。ええか、あんさんに三分渡そうと忘八が言うとってな、その使いに翡翠を呼んどったねん。大方口実やろうけど」
「三分?」
「昨夜のやて、その子供の…。金の話をするのもあかんから…もうウチからは何も言われへん、言えへんわ…」

 少し間を置き朱雀は翡翠を見下ろした。
 翡翠は酷く困惑した顔をしている。

「さ…三分う!?」
「あぁそうやで」
「は?え?何っ!?ちょっ、あんさんそんなにあの変態からせしめたん!?」
「こらこら変態言うなや、お客様やで…。そもそも忘八がけし掛けた金で」
「誰が忘八だよっ、このクソ野郎」

 低い声がずしっと落ちしんとした。

 間があり、ぬっと美鶴の真横から現れた藤嶋に美鶴が「こっ、」、思わず飛び退くように反対の障子を掴めば戸はより開かれる。

 目も顔も何もかもが笑っていない店主に「げっ、」と、朱雀は思わず漏らした。

「は、やめや、驚くわ、藤嶋はん、」

 若干壊れたように言う美鶴に「連れて来たんかい!」と朱雀は言うが「違うねん違うねんホンマに違うねん!」と弁解している。

 しかしその雑踏を見向きもしない藤嶋が睨み付けているのは小姓、翡翠のことで、殺気くらいしかない。

 これはホンマに殺されるかもしれないと翡翠の喉に言葉が引っ込んで行く。
 藤嶋はまだ見もしないままに見世に入り込んでは朱雀の胸ぐらを強く掴み「あぁ、お楽しみだったかこの犬畜生」と吐き捨てた。

「いだっ、」

 藤嶋は朱雀を締め上げドサッと投げ飛ばした。

 「ちょっ、藤嶋はん、」と、腰を抜かしていた美鶴が止める間もなく藤嶋は朱雀へ馬乗りになりまた胸ぐらを掴む、そして三分を自分の袖から出しては「遅くなったなぁ、」と、怒気の籠る低さで吐き捨てた。

「てめぇも懐寂しかろうと、こうして直々に金を渡しに来たがなんだ、」

 美鶴が「やめいや!」と藤嶋の右腕を掴むも振り払われ、三分が散らばった。

「犬には金なぞいらんなぁ、朱雀」

 藤嶋は朱雀の頭を打ち付けた。

 そのまま、如何にも朱雀を殴り付けようとする藤嶋に「待ってや、やめてぇな!」と翡翠が漸く店主を止めようと拳を取るも、大人の力は強かった、振り切られてしまう。
 しかし藤嶋はそれにやり場をなくしたらしく、朱雀の顔の真横を殴り付け、「あぁん!?」と、振り向き様に翡翠を叱りつけた。

「違うねん違うねん、わ、わてが悪いから、」
「んなこたぁ見ればわかるんだよこのアホガキがぁ、」
「せやから兄さん殴るん違うねんなっ!このっ…、」

 昨夜から今までの出来事が一気に翡翠の胸からせり上がる。
 怒りも悲しみも全て頭まで込み上げ、「こんの死ねよ忘八ぃ!」と、意味なく泣いてはその場にへたり込んだ。

 それにかちんと来たらしい藤嶋は「てんめぇ…」と朱雀を離して子供に身を向けるが「待って言うとるばい!」と、朱雀も最早、国言葉を発するほどに咄嗟、店主に抱きつくように止めた。

「わ、わしが悪うてやめろ言うんに、勘弁しいや、金もなんもいらんばい!なんもなかとっ、なんもないからほんに!」

 必死な形相の朱雀。
 泣きながら声を殺そうとする翡翠。
 冷や汗が出る美鶴。

 三者を眺めた藤嶋は一度無理矢理肩を下げ、「殺すぞてめぇら」と投げつけた。

 一人、どれかと言えば一番冷静に物を捉えていた美鶴が「…何ひよってるん?」と、ポツリと藤嶋に言い場を静めた。
 美鶴は店主を見て「はぁ、」と、感嘆に近いような息でそれ以上は何も言わない。

 少し間があり店主が居心地悪そうに「だーぁ、もー、」と、翡翠を見つめては乱暴ながらも先に肩の入れ墨を隠すように着物を直すのを、男娼二人がどう見たかは少年にはわからない。ただ、少し怖くて虚しい。こんな思いは前の飼い主にすら抱いたことはなかった。
 
 「も、いいです店主」と言い、翡翠が藤嶋の手を払おうとするも「黙れうるさい」とはね除けられる。

 後ろで美鶴が拾った三分を朱雀に渡すも「ええわ、いらん」と朱雀は俯いていた。
 店主はしつこく、翡翠の着物の前を閉めながら「犬には一分で良い」と朱雀だか、美鶴に告げるのだった。

「…お気持ちはわかりましたが」
「は?」
「押し付けがましいんと違いますか」
「犬なら犬らしくしろよ、てめぇがやったことは犬同然だと言ってんだよ」

 意地でも受け取らないと言う朱雀の姿勢はわかるが、仕方なく朱雀は確かに一分だけ袖にしまい、「では犬からの謝礼ですよ、」と、店主の首元に嫌味として残り二分をぴたりと付けた。

 舌打ちをして乱暴にそれを受け取った藤嶋は、世話を終えた翡翠の手を引いては「邪魔したな、」と、引き取った。

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