14


 少しずつアリシアの息を戻し、救護も宛にしない柊造が「この子はっ、」と、息を詰まらせながら言う。

「…あの、英国公使館焼き討ちで残された孤児なんです。それからどうにか渡り歩き東京の異人館で出会った、それこそ奴隷のようだった、だから引き取った。
 …奴隷解放事件を手掛けたならわかるだろう、目にしたと言うならわかるだろう、」

 柊造のこれ以上の言葉は破壊され、瓦礫になり原型を留めなくなった。
 自分はこうも勝手で、何が大切かも曖昧だが、どうやらこの子供には自分を擲とうかと考えるらしい。

 理由がわかれば簡単だが、ただ、強烈に残ってしまったのだから仕方がない。

 アリシアが息を整えた頃、柊造は汗でびっしゃりになったアリシアを感じて誰かに「水」と言ったがそれよりも「ちち、」と弱々しく言ったアリシアのすぐにしゃくりあげ殺した息が上がるのに胸が締め付けられた。

 しかしアリシアは「なんでっ、」と縺れて言うのだから耳を澄ませる。

「しん、じゃダメでしょっ、」

 はっとした。
 けど何も言えなかった。

「私の為に、」

 続けたアリシアに思い出した。井上は「その子供に最後銃を向けるのは君にしようか」と以前、自分に言ったのだ。

「…ごめん、」
「………嫌、」
「うん、わかった」

 自分にはこんなこと、端から向いていないのだ。はっきりした、いつまでも、いつまでも止めないのがいけなかった。
 エゴや偽善で済めば良いだなんて、どうかしているんだ。

「……アリシア。
 俺はもう武器を置く、そうするよ」

 もう、いい。
 自分が得たものを、だけど投げ出すことはどうしても出来ない。いつか、離れるまでは。

「…俺は勝手だなぁ、」

 一切がうんざりだと、どれ程前から思っていたのか。
 それはただ怖いと言う感情だったのだと気付いた。勝手で、ただ逃げた方が楽だったと今なら感じる。

 それでも「父、」とだけ呼んだアリシアに情けなくなる。
 だからこそ今は、と、思ったよりしがみついているとも気が付いた。

 ふと柊造の肩を叩いたのは黒田だった。手には水を持っている。
 柊造が睨むように黒田を見上げていれば「毒などいれとらんし酒でもないわ」と、強い気を感じる口調で言ったのに、仕方なく受け取りアリシアの半身を起こしゆっくりと飲ませる。

「…気質は軍人だな」

 そう言った黒田は少し影を落とした、気がしたのだった。

「軍人は皆どこか体を休める場所や…それがなければ死に場所を探すような気がしてな。良い死に方と言うものはわからんが、まぁそんなものはしないんだよ」

 何が言いたいのかと振り向けば、黒田は思ったより感情を拝した素面の冷たい表情をしていた。

「喧嘩を吹っ掛けたりいちゃもんを着けたりしてやって来た、と、これは雑談だが。その引き合いに奴隷も友人もいた。私はそれだけの人間でそれをするのは、武力の賜物だと、言わねばならない位置にいる。だがそれはどうだろうな、勝手に私が見つけた気になっているものかもしれない」

 …酷く利己的だと感じた。
 そしてそれは遥かに廃れているが、存外素直な男だ。しかし、それを良しとも悪しとも、本人すらしていないのだ。

「…案外そんなものでしょう。私は貴方を好きにはならない。だから述べるが人など皆他人だ。だから自分を持つしかないのですよ、」

 …この男はそう、藩や、政府や、奴隷や、同郷…と持ちすぎている。だがそれは皆そうだと柊造はアリシアを見てはっきり、違うものが自分にはあると核心した。
 手に余るものは必要がないから今、銃も脇差しも自分は持っていないのだ、勝手にそう解釈する。

 黒田はそれから「悪かったな」とまた同じ一言述べ、それから、

「…北海道開拓史長官、黒田清隆だ。名乗り遅れた。非礼を詫びたい。ご子息は丁重に治療しよう。
 三日ばかり君には世話になる。現状を井上に報告するのだろう?」
「………」

 柊造が答えないままに黒田はあれやこれや、アリシアに対する看病の補助をしてくれようとした。
 とは言っても「ここへは入ってこないでください」と、言うのに留まってしまったけれど。

 正直、柊造は仕事を辞めてしまおうかと考えた。
 しかし、辞めてどうなるかと考えると長閑で静かに、アリシアと共に自給自足でもして暮らしていき、いずれは…アリシアは国に帰っても良いか、いや、それは任せようとしても。まぁ、それほど多くは浮かばない。けれどそんな生活、今まで通りかと考えはただ繰り返される。

 アリシアの側で寝顔を見るとき、結局どうしてこの子供なのかと言うのはわからない程には側にいるような気がしてきた。始めは単純だったのかもしれない。それから何か思うことはあったのかもしれない。だけど黒田が自分に言うような、「死に場所や身体を休める場所」。それには近くて遠いような気がした。

 アリシアは一体どうなんだろうか、そんな介入すら隙間に入り込んでは、いつの間にか柊造は寝てしまっていた。

- 14 -

*前次#


ページ: